小泉武夫氏
小泉武夫氏
「金大亭」の石狩鍋。ぶつ切りの鮭の身に、中骨などのアラ、野菜や豆腐を具材にした味噌味(朝日新聞社)
「金大亭」の石狩鍋。ぶつ切りの鮭の身に、中骨などのアラ、野菜や豆腐を具材にした味噌味(朝日新聞社)

 発酵の摩訶不思議な世界に人生を捧げ、希代のグルマンとして世界中を旅してきた小泉武夫さん。定年後のステージに選んだのは、北海道石狩市だった。連載3回目は、ついに登場した元祖石狩鍋の気になるお味からスタートしよう。

【写真】見るからにおいしそう…

*  *  *

 老舗料理屋「金大亭」ではNHKの取材班が構えていたが、待望の石狩鍋に箸をつける私はテレビカメラなどまったく意識せず、もっぱらその真味を観賞しようと夢中になった。
 先ず、さまざまな具の間から杓文字でスープだけを受けの小碗に掬い取り、それを口に含んで味わった。すると口の中には、その濃厚なうま味のためにズシーンと疼くような刺激が広がった。そしてその中から、優雅で微かな甘みやコク、淡い味噌からのうまじょっぱみなどが湧き出てくるのであった。

 次は鮭の身をひとつ碗に取ってこれも単独で食べてみた。身は口に入れてやさしく噛むと、ポクリ、ホコリと崩れていき、そこからは鮭の持つ濃厚と淡白の両方のうま味、さらには脂肪からのペナペナとしたコクなどがジュルル、ピュルルと流れ出てきて、それが味噌味と出汁にも囃されてその美味の深さに圧倒されたのであった。

 こうして、豆腐もネギもシイタケもタマネギもシュンギクも、入れた具は鮭の煮汁にしっかりと染められて、全てが秀逸な美味しさになっていた。そして、全体を通して私の大脳味覚受容器に常に微かに反応していたのは、鍋仕立の時に最後に振り込んだ粉山椒の香りで、この爽やかな快香は、元祖石狩鍋の美味しさを私の記憶に長く固定させるものとなった。

 テレビの収録を終えて、玄関先で見送ってくれた四代目の女将の顔からは、この伝統の味、この歴史ある店を次の世代にもしっかりと伝えていこうとする意気込みが見てとれた。

 さて私は、親船研究室の実験室の中をたった一人、白衣を着ながら一体どんな研究をしていたのであろうか。もっとも研究といっても、午前中二時間半と午後三時間だけで、あとは親船周辺にある歴史的建造物の散策や石狩川河原での自然観察などで一日を終えるのである。

次のページ