先が見えない読書三昧の日々の中でも、芝居への活力が失われるわけではなかった。

「逆に、エネルギーを発散する場がなかったことが、あの熱い芝居につながったのかもしれないですね。みんなたまっていたエネルギーを放出する場になっていたんじゃないかな」

「半沢~」の放送が始まる頃には無事に猿之助さん分の収録も終わり、歌舞伎の再開も決まった。ほぼ同じタイミングで、約3カ月閉鎖されていた新生PARCO劇場でのオープニングシリーズも再開。秋には、三宅健さん、松雪泰子さん、川平慈英さんら「藪原検校」の豪華キャストも発表された。猿之助さんは、江戸時代中期を舞台に、殺しと欲にまみれた栄華の道を歩む希代の悪党を演じる。

「井上先生の作品には、日本人でなければ演じられないような独特の風土と精神性が描かれ、その舞台を見る人の心の深いところに響く。私がかつて出演した『雨』という作品も、日本の風土や、日本人の持つ性根のいい面と悪い面の両方を露わにするような戯曲でした。今回演じるのは、希代の悪党ですが、役者というのは自分にないもの、自分と対極にあるものを演じるのが一番演じやすい。なので、キャラクター作りはあまり考えず、みなさんとのやりとりの間で変化を起こしていけたらいいなあ、と」

 猿之助さんによれば、「井上先生の戯曲に登場する人物は、誰が演じてもちゃんとその人間の魅力が伝わるように書かれている」らしい。

「人間の持ついろんな側面が正しく描かれていると思うんですが、その側面のどこが色濃く出るかは、役者によって違う。それが“個性”ということなんでしょう。“悪党”と聞いて僕がパッと思い浮かべたのが勝新(勝新太郎)さん。どんな悪いことをしても許せちゃうような、医者からたばこ止められているのにわざと吸っちゃうような、憎めない可愛さ。ああいう感じが出たらいいなぁ、とは思います」

市川猿之助(いちかわ・えんのすけ)/1980年歌舞伎座「義経千本桜」の安徳帝役で初御目見得。83年「御目見得太功記」で二代目市川亀治郎を名乗る。2012年「二代目猿翁 四代目猿之助 九代目中車 襲名披露公演」において四代目市川猿之助を襲名。古典、新作歌舞伎のほか、栗山民也演出・井上ひさし作「雨」などの舞台や、映画「ザ・マジックアワー」「天地明察」、ドラマ「半沢直樹」、大河ドラマ「龍馬伝」などに出演。

※【市川猿之助 歌舞伎以外は「みんなで“大人のお遊び”を」】へ続く

(菊地陽子 構成/長沢明)

週刊朝日  2021年1月22日号より抜粋