「神の手」マラドーナが逝く カメラマンが見た本当の姿 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

AERA dot.

「神の手」マラドーナが逝く カメラマンが見た本当の姿

鮎川哲也週刊朝日
2010年W杯でアルゼンチン代表監督を務めたマラドーナさん (c)朝日新聞社

2010年W杯でアルゼンチン代表監督を務めたマラドーナさん (c)朝日新聞社

 サッカーのスーパースター、元アルゼンチン代表のディエゴ・マラドーナさんが11月25日、死去した。60歳だった。ブエノスアイレス近郊の病院で硬膜下血腫の手術を受けた後、自宅で静養中だったという。

「神の子」と呼ばれ、数々の伝説を残してきた。特に有名なのが、チームを優勝に導いた1986年ワールドカップ(W杯)の準々決勝・イングランド戦だろう。審判を欺く「神の手」で得点した後、自陣からドリブルで相手選手を次々と抜く「5人抜き」ゴールを決め、世界中を驚かせた。

 一方、執拗(しつよう)なマークに怒って相手選手に暴行したり、94年W杯ではドーピングで大会から追放されたりと、いくつものトラブルを起こしたことでも知られる。

 そんな英雄を間近で見た日本人がいる。87年、マラドーナさんが日本リーグ選抜と対戦する南米選抜の一人として来日した際、記録写真やポスターなどを撮影したサッカーフォトグラファーの今井恭司さんだ。

「(東京・新宿の)伊勢丹の屋上でサッカー教室があり、途中の1~2階分を外の階段から上がったんです。そのとき、テニスボールを拾い上げ、リフティングしながら階段を上がっていくんですよ。『こんなことができるんだ』って驚いたことを今も覚えています」

 W杯でも撮影してきたが、マラドーナさんは撮りやすかったという。

「常にボールが体のそばにあり、そのバランスがきれいに決まっているんです。うまい選手というのは撮っていて楽しいし、絵になりますね」

 Jリーグ・横浜FC会長の奥寺康彦さんは、日本リーグ選抜の主将として実際に対戦した一人だ。

「マークしようとしても無理でした。ボールを持たれたら、ドリブルであっという間に抜かれた。マラドーナのワンマンショーでした。もう何もできなかったですよ」

 速く、足元もうまく、フィジカルも強く、点も取れる。今の選手とは比べようがない偉大なプレーヤーだったと強調する。

「格が違いすぎます」

 ブエノスアイレスの市民は25日、マラドーナさんの背番号10にちなみ、午後10時に拍手で死を悼んだ。「神の子」は本当の神になった。(本誌・鮎川哲也)

週刊朝日  2020年12月11日号


トップにもどる 週刊朝日記事一覧

続きを読む

おすすめの記事おすすめの記事
関連記事関連記事

あわせて読みたい あわせて読みたい