お酒についても貝原と同様で好意的です。「あなたがワインをたくさん飲んで調子が悪いとき、翌朝は迎え酒をすると体に良い。ワインは良質のものであればそれだけ体液も良くなる(後略)」(第12章)といったうれしい限りの内容です(笑)。

 前出の『「サレルノ養生訓」とヒポクラテス』によると、この養生訓にはヒポクラテス全集のさまざまな箇所がちりばめられているといいます。つまり、この養生訓の根幹にあるのはヒポクラテスの医学哲学なのです。この哲学には三つのキーワードがあります。知ること(Science)、良心(Conscience)、魂の浄化です。

 Scienceとは体系化された知識としての科学であり、対象とするのは“体”です。一方、Conscienceは意識や感情の領域。ですから対象は“心”になります。このScienceとConscienceを統合し深めた上で、魂の浄化をめざすというのが、ヒポクラテスの医学です。

 西洋医学の源流であるヒポクラテスは、私が提唱するホリスティック医学と同様に人間をまるごととらえていたのです。これが変わったのは17世紀以降。「生気論=自然治癒力」が退けられ、人を部分に分けて実証的にとらえることが西洋医学の主流になってしまいました。この流れを見直す時代に入っているのでは、と私は思っています。

週刊朝日  2020年7月10日号

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帯津良一

帯津良一

帯津良一(おびつ・りょういち)/1936年生まれ。東京大学医学部卒。帯津三敬病院名誉院長。人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱。「貝原益軒 養生訓 最後まで生きる極意」(朝日新聞出版)など著書多数。本誌連載をまとめた「ボケないヒント」(祥伝社黄金文庫)が発売中

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