三田:私は全部が失敗です。私には息子が2人います。それぞれ持ち味は違いますよね。上の子はスポーツ大好きで、バスケやサッカーに夢中でした。下の子は小さい頃から本の虫。文章を書くことも大好きでした。いまも相変わらずですけど。そして人一倍の寂しがり屋。

そんな彼が思春期で一番多感なときに家にいてあげることができなかったことは、私の子育ての最大の失敗点です。

佐藤:その頃、三田さんもお忙しかったのでしょう?

三田:私はありがたいことに大河ドラマの主役を2回やらせていただきました。1回目は1986年の「いのち」。2回目は94年の「花の乱」です。「花の乱」のとき、私は仕事が全盛期でした。もう、途切れるときがない。でも子どものこともしっかりやってあげなきゃという思いもあって、一度はお仕事をお断りしようとしたんです。けれど多くの方々に「ぜひ」と声をかけていただいて、私もプロの女優として甘えたことは言えなくて、断り切れなかった。仕事を選んだのは私自身です。でも結局そのために、子どもときちんと向き合う時間を持つことができなくなってしまったんです。

>>【後編/「大バカ親子と非難されて…」三田佳子が“卒母”を決めた理由】へ続く

(構成・赤根千鶴子)

週刊朝日  2020年2月28日号より抜粋