林:先生は理想の80代ですよね。現役そのものでいらっしゃって、頭はしっかりしてらっしゃるし。

筒井:いや、頭はちょっとぼーっとしてる。人の名前が出てこない。

林:私、それは昔からだから、気にしないようにしてるんです(笑)。

筒井:僕も昔からだけど、最近特にひどくなってきた。知り合いとかで、例えば真理子さん程度のつき合いをしている人の名前が出てこなかったりする。これはまずいなと思ってね。

林:私も「あれ、その、あの……」とか言って、最後は横にいる編集者にグーグルで検索してもらいます。

筒井:日常会話で出てこないときに困るんだよね。たとえば映画の話をしていて、俳優の名前を言おうとしたら思い出せなくて、監督の名前を言おうとしたら、それも思い出せなくて、肝心な映画のタイトルまで思い出せなくて、しゃべってる相手を前にしてもだえてるんです(笑)。

林:『老人の美学』の中で、「現在の自分の存在理由、存在価値を確認せざるを得なくて、抑制ということまで頭が回らないんだろう」とお書きになっていて、昔の担当編集者だった人が定年になったあと、先生の朗読会にチケットも持たずに訪ねてくるじゃないですか。いつまでたっても帰らないで、「このあと飲みに行きましょう」とか言うんでしょう。私、読んでて悲しくなっちゃいました。

筒井:悲しいよね。

林:担当編集者だった人が定年になった後、大学の先生や館長になって、講演を頼んできたり。

筒井:社友という人がいるわけね。出版社をやめたあと社友になって、パーティーなんかに来るんだよね。困るよなあ、あれは。

林:もっと困るのは、パーティーに自分がジャーナリズムを教えている生徒さんを連れてきて、「やあ林さん、久しぶり」とか言って、「君たち、林さんに聞きたいことあるだろう。遠慮なく聞きなさい」とか言うと、生徒さんたち消え入るような感じなんですよ。ここで冷たくしたら、生徒さんたちも可哀想だけど、先生も可哀想だなと思っちゃって、「何でも聞いて」って言うんですけど。

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