その瞬間を見たくてどのくらい通ったか。絶頂期に海外遠征で凱旋門賞に参加した時は、パリまでついて行きたいと思ったものだ。追っかけである。

 ところが全ての人々の期待は、溜息に変わった。一着にならなかっただけでなく、失格という憂き目にあった。彼にとっては初めてといっていい大挫折。

 馬の目は人間に似て物を言う。哀しみに満ちたその目を想像するだけで胸が痛んだ。

 四、五歳の頃、軍人だった父を迎えに、毎朝馬がやってきた。長靴をはき、マントをひるがえして父が乗るまでの間、人参をやった。馬の目をよく知っていた。

 帰国したディープは、引退して種牡馬になると決まり、最後の有馬記念で私は単勝一万円でディープだけを買った。その勇姿は難なくゴールを駆けぬけた。

 私の目にはかつて北海道浦河の放牧場でただ一人草を食んでいたシンザンの姿が、ディープの晴れ姿に重なった。

週刊朝日  2019年12月27日号より抜粋

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下重暁子

下重暁子

下重暁子(しもじゅう・あきこ)/作家。早稲田大学教育学部国語国文学科卒業後、NHKに入局。民放キャスターを経て、文筆活動に入る。この連載に加筆した『死は最後で最大のときめき』(朝日新書)が発売中

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