終末医療の現場から 徳永院長「ぼくもぼくなりに、最後までワカラナイ」 (2/3) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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終末医療の現場から 徳永院長「ぼくもぼくなりに、最後までワカラナイ」

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週刊朝日#病院
徳永進院長(とくなが・すすむ)/1948年生まれ。京大卒。勤務医として経験を積み、2001年、鳥取市に野の花診療所開業。著書多数でハンセン病患者からの聞き書きによって悲劇を伝える『隔離 らいを病んだ故郷の人たち』、講談社ノンフィクション賞を受けた『死の中の笑み』など。

徳永進院長(とくなが・すすむ)/1948年生まれ。京大卒。勤務医として経験を積み、2001年、鳥取市に野の花診療所開業。著書多数でハンセン病患者からの聞き書きによって悲劇を伝える『隔離 らいを病んだ故郷の人たち』、講談社ノンフィクション賞を受けた『死の中の笑み』など。

徳永院長と親交のある谷川俊太郎さんの詩が記された壁。玄関の看板の字は鶴見俊輔さんが書いた

徳永院長と親交のある谷川俊太郎さんの詩が記された壁。玄関の看板の字は鶴見俊輔さんが書いた

「別れの水、何にしますか?」と家族に尋ねる時があります。差し迫ってくるといわゆる「死に水」について聞きます。日本茶、麦茶、抹茶、ビール、日本酒、焼酎、甘酒、コーラ、サイダー、レモン水、ヤクルト、果物を搾った汁。「水でいいです」「うちの村の山の水」。このとき、家族は「いよいよか」と死を迎える覚悟をします。

 以前「別れの言葉、何にします?」と問うてみた時期がありました。「でも、ありがとう、かなあ」と答える人が多かったです。欧米では「ありがとう」「許してください」「赦します」「愛してます」「さようなら」だと、教科書にありました。

 日本人が苦手なのは「愛してます」。日常語になかなかなりにくく、ちょっと気恥ずかしいのです。

 60歳の末期の男性に問うと「いやあ、俺なら」と照れながら「チャオ(イタリア語でさよなら)かなあ」でした。縁側の広い家で幼なじみと雑談もしながらわが家で死を迎えました。後日、線香をあげに行った時、奥さんに「別れの言葉、何か言われましたか?」と聞いてみると……

「言いました、わりいなあ(悪いなあ)、って」

 別れの言葉って、お互いに言いそびれます。いよいよという時に言い合うのではなく、元気な時にこそ、心からの言葉を交わすことの大切さを教えられます。

 心に残った「ありがとう」を知ったのは、歌人で細胞生物学者の永田和宏さんの『もうすぐ夏至だ』にある文章から。永田さんの恩師、市川康夫さんが膵がんで末期を迎えます。深い恩を感じた永田さんは「ありがとうございました」と言いに病床を見舞います。でもなかなか言い出せません。「永田君、そこの吸呑(すいのみ)取ってくれへんか」と言われ、吸呑を手渡します。時が過ぎ、病室から出ると、

「ありがとう」

 の大声が廊下に響く。永田さんは立ち止まり、背でその声を聞く。翌朝市川さんは他界。大切な言葉はなかなか言えないと教えられます。言えなかった「ありがとう」が沈潜しているのに、こだまになって聞こえてきます。

 2018年の日本人の死亡数は136万2千人。出生数は91万8千人。44万人の人口減。2025年だと約150万人が死し、生まれくる赤ちゃんは約80万人、人口減は約70万人。社会は大きく変わり、もう変わり始めています。


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