そのやり口は、官僚の間で多用される「相場観操縦」という伝統的手法だ。

 まず、前述した、既に負けが決まっている項目については、既定路線として、日本側が争っていないように見せかける。

 下手に何かを取りに行っていると見られると、それを取れなかったときに「負けた」と言われるので、それを防ぐのだ。

 交渉前から、農産物関税をTPP水準までなら下げると「自ら」宣言して、まるでそこまでなら譲歩ではないかのように振る舞う。鉄鋼・アルミ関税についても、負けにならないように議題に上げず、マスコミに気づかれないようにしている。自動車も、米側が喜ぶようなことを「自ら」差し出す姿勢を示して、大きな譲歩なのに、大した問題ではないと錯覚させる。

 さらに、米側は、「TPP以上の関税引き下げ」や「日本の自動車輸出自主規制」「為替条項」などを要求しているなどと日本の厳しい状況を演出し、それをどこまで食い止めるかがポイントだと解説する。これにより、どんな結果が出ても高い評価が得られるように「相場観」を下げるのだ。

 その結果、農産物関税引き下げがTPP並みで、自動車輸出自主規制回避なら、日本側が何一つ取れなくても「安倍総理のおかげ」と拍手喝采になるだろう。

 政府の情報操作に騙されないように気を付けたい。

週刊朝日  2019年5月31日号

著者プロフィールを見る
古賀茂明

古賀茂明

古賀茂明(こが・しげあき)/古賀茂明政策ラボ代表、「改革はするが戦争はしない」フォーラム4提唱者。1955年、長崎県生まれ。東大法学部卒。元経済産業省の改革派官僚。産業再生機構執行役員、内閣審議官などを経て2011年退官。近著は『分断と凋落の日本』(日刊現代)など

古賀茂明の記事一覧はこちら