「いい本に出会ってほしい」

 あの松井秀喜を育てた星稜高校野球部名誉監督の山下智茂さん(73)は、『貞観政要(じょうがんせいよう)』(湯浅邦弘)と『修身教授録』(森信三)、『メンタル・タフネス―勝つためのスポーツ科学』(ジム・レーヤー/小林信也訳)の3冊。

 1979年の夏の甲子園で延長18回の末に敗れたとき、箕島高校の尾藤公監督の「待つ、信じる、許す」という信念に感銘を受けた。勝つ野球から育てる野球へと、転換した。

「人の話を聞こう、本を読もう、自分を磨かないと生徒は光らないと痛感した。そのときに出会った本が唐の第2代皇帝、太宗・李世民の言行録である『貞観政要』」

 乾隆帝らのちの皇帝が愛読し、北条政子や明治天皇も学んだとされている。「三つの鏡」の大切さが書かれている。「銅の鏡」に自身を映し、元気で明るく楽しい顔をしているか確認する。「歴史の鏡」では歴史を学ぶ。そして「人の鏡」で他人の直言を受け入れる。

「自分を磨くため、尾藤監督のように常に笑っていられるように、玄関に全身が映る大きな鏡を置いた。自宅を出る前と帰宅したときに、その日に決意したことや反省したことを思い出しながら鏡を見つめている。心が変われば、行動が変わる。行動が変われば、習慣が変わる。習慣が変われば、人格が変わる。人格が変われば、運命が変わる。この言葉をかみ締めています」

 38年間の教員生活では本と新聞を読むことの大切さを説き続けた。

「花にとって土が大切であるように、野球には基本が大事だし、人生には本を読むことが必要」

 松井にも読書を促した。

「松井はパワーがあって野球技術もたけているからこそ、心を磨くことが大切だと思いました。手始めに、古代ギリシャの哲学者アリストテレスを読ませた。後日感想を聞くと、あいまいな返事。『これはあかん。読んでないな』と思って、野村克也氏や広岡達朗氏らの野球哲学ものを薦めたところ、本の虫となった。『集中力や精神力が鍛えられ、観察力や発想力は野球につながり、試合の流れを読むことにも役立っている』と語ってくれました」

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