太田秀樹医師(医療法人アスムス理事長)
太田秀樹医師(医療法人アスムス理事長)

 命を救うのが医師の仕事である一方で、「命の終わり」を提示するのも医師の務め――。救急や外科手術、がんやホスピスなど死に直面することが避けられない現場で日々診療を行っている医師20人に、医療ジャーナリストの梶葉子がインタビューした『医者の死生観 名医が語る「いのち」の終わり』(朝日新聞出版)。その中から、自ら「出前医者」と呼び、在宅診療で患者のもとに出向きながら多くの患者を支えてきた、医療法人アスムス(栃木県小山市)理事長の太田秀樹医師の「死生観」を紹介する。

*  *  *

 別に、それほど高い志とかビジョンがあったわけじゃないんだ、在宅医療を始めたのは。

 大学病院にいた頃、委託されて障害者団体の海外旅行に付き添う機会があってね。そのとき初めて、街中で車椅子を押した。ところが病院の平らな床なら平気で押せる車椅子が、でこぼこ道では全然押せない。試しに自分で車椅子に乗ってみれば、腰が痛くて30分も座っていられない。それまで患者には、「車椅子を処方するから」なんて簡単に言ってたけど、これほど大変なことなんだというのが、初めて分かったんだな。

 その旅先で彼らと話をしていた時、「我々は本当に病気にならないと医者には行けない」と言う。例えば風邪をひいた時、熱があって身体がだるければ車椅子はこげない。だから、病院には行けない。本当に死にそうにひどくなってから、救急車を呼んで入院するしかないんだ、と。

 そんな話を聞いているうちに、疑問に思い始めたわけ。病院でやってる専門医療って何なんだろう、本当に医療が必要な人たちのところに、全然、届いてないじゃないか、って。

■それがその人の生き様ならば、一人で死ぬのは孤独死じゃない

 動けない人たちが必要とする医療は絶対にある、と思った。その頃はまだ高齢「化」社会で高齢化率は11~12%程度だったけれど、この先、高齢者が増えれば動けない人も増える。往診があったら助かる人は、大勢いるんじゃないか。ならば、外来で患者を待っているだけでなく、僕のほうから必要なところに出掛けていく医療をやってみよう。そんな感じだった。

 まあ、普通の人は、それで大学を辞めて開業なんて軽率なことは、しないだろうけど(笑)。

次のページ