中川翔子が明かす父との思い出「父の女性スキャンダルに反発心抱いたことも…」 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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中川翔子が明かす父との思い出「父の女性スキャンダルに反発心抱いたことも…」

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野村美絵週刊朝日

父の実家の前で

父の実家の前で

中川勝彦(なかがわ・かつひこ)/1962年、東京都生まれ。ミュージシャン・俳優として活躍。92年に急性骨髄性白血病を発症、94年に32歳で死去。写真は母がデート中に撮った父

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父が残したアンモナイト。趣味でアンモナイトを集めたとき、母から父も集めていたと聞いて驚いた

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中川翔子(なかがわ・しょうこ)/1985年、東京都生まれ。歌手・俳優・声優などマルチに活躍し、「しょこたん」の愛称で親しまれる

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 優しかった、面白かった、頼もしかった……、人それぞれ、父親に対する思いを抱えている。どれも自分をつくってくれた大切な思い、でも、面と向かって直接伝えるのは難しい。週刊朝日では、「父の日」を前に、8人の方に今だから話せる亡き父への思いを語ってもらった。その中から、中川翔子さんが語った父・中川勝彦さんのエピソードを紹介する。

【しょこたんの母が撮ったデート中の父の写真はこちら】

*  *  *
 我が家は基本、母・桂子と祖母・栄子と私の三人暮らし。父はときどきふらりと遊びに来るという感じでしたし、私が9歳のときに亡くなったから、直接の思い出は数えるほどしかないんです。

 覚えているのは父が白血病を発病した後、久々に家に来ていたときのこと。母から、「お父さんが2階にいるから会ってきなさい」と言われてしぶしぶ行くと、父は絵本を描いていた。「なんで絵本なんか描いてるんだろう?」と思ったけど、その海と空の青がすごく美しくて、子ども心になんて綺麗なんだろうと思ったのを憶えています。「しょうこも手伝ってごらん」と言われて一緒に絵本を作ったことは、忘れられません。

 両親の馴れ初めは母が経営していたお店に父が遊び来たこと。父のデビューが近くなって母は別れを覚悟したそうですが、父は「結婚しよう」と。二人は旅行先のグアムで、他の駆け落ち同然のカップルたちと合同結婚式を挙げてるんです。すごいですよね。

 思春期の頃、父について調べたら女性スキャンダルが出てきて、ものすごい反発心を抱いたこともありましたが、今となっては「まあ、モテただろうし、そのぐらいあるよね」という感じ。思春期のハートは繊細です(笑)。

 この仕事をするようになってから、父の存在をものすごく感じるようになりました。私がライブをする会場は父もやったことがあるところばかりだし、思いもよらぬ方から「お父さんと仕事をしたことあるんだよ」と声をかけていただいたり。

 もし今の時代に父が生きていたら、ブログやTwitterやYouTubeで自由に音楽や絵、詩を発信していたんじゃないかな。そして私とは、ものすごく気が合って、大親友になっていたんじゃないかな。私が好きになるもの、猫や宇宙、深海もアニメも特撮も、全部父が好きだったものなんです。やっぱり“血”ですよね。「この血を絶やしてはいけない」って思うのですが、こればかりはなかなか難しいです(笑)。(取材・文/野村美絵)

週刊朝日 2018年6月22日号に掲載した記事に加筆・修正


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