1本の包丁から宇宙を見出す? 荘子が説く養生の道 (1/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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1本の包丁から宇宙を見出す? 荘子が説く養生の道

連載「貝原益軒 養生訓」

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人の世でも心をゆたかにし争わずに、理にかなったことをすれば、世間にぶつかることなく、天地が広く感じられる (※写真はイメージ)

人の世でも心をゆたかにし争わずに、理にかなったことをすれば、世間にぶつかることなく、天地が広く感じられる (※写真はイメージ)

 西洋医学だけでなく、さまざまな療法でがんに立ち向かい、人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱する帯津良一(おびつ・りょういち)氏。帯津氏が、貝原益軒の『養生訓』を元に自身の“養生訓”を明かす。

*  *  *
【貝原益軒 養生訓】
養生の術、荘子(そうし)が所謂庖丁(いわゆるほうちょう)が牛をときしが如くなるべし。(中略)心ゆたけくして物とあらそはず、
理に随ひて行なへば、世にさはりなくして
天地ひろし。(巻第二の24)

 養生訓には中国の古典、『荘子』からの引用もあります。荘子の内篇、養生主(ようせいしゅ)篇第三にある庖丁と文恵君(ぶんけいくん)との問答を取り上げています。庖丁とは庖(料理)を職業とする丁さんのことで、料理人丁ということです。この話がもとになり庖丁という言葉ができたといいます。文恵君は中国の戦国時代、梁(りょう)の国の恵王。その問答とは次のようなものです。

 文恵君が料理人丁の評判を聞いて、目の前で牛を解体させたところ、あまりに見事で、技もここまで極まるものかと、賞賛の声をあげた。それに対して丁は、

「お言葉を返すようですが、私はこれを技ではなく、道と考えています」

 と言って訥々(とつとつ)と語り始めた。

「はじめの頃は、目にうつるものは牛ばかりでしたが、そのうちに筋肉や臓器に隙間が見えるようになってきたのです。さらに年月を重ねると、牛を目で見るのではなく、心で見るようになりました。そうなると隙間がどんどん大きくなってきます。大きな隙間に薄い刃を走らせるのですから、容易に解体ができます。そのせいで私の牛刀の刃は19年も使っているのに、砥石でといだようで、刃こぼれがありません」

 これを聞いた文恵君は、

「素晴らしいことだ。私は庖丁の話を聞いて養生の道を会得した」

 と感嘆した。

 益軒はこの問答を引用したうえで、

「人の世でも心をゆたかにし争わずに、理にかなったことをすれば、世間にぶつかることなく、天地が広く感じられる。そういう人の命は長い」

 と説いています。庖丁のように道を極めれば世間が広くなり長生きできるということでしょうか。


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