そして、ヴォーカリストとしての魅力を堪能させてくれるのがバラード・ナンバーだ。抑制を利かせた歌唱でじっくりと聴かせる「Love Story」。それにもまして印象的なのは、やはり「Hero」。言うまでもなくNHKリオ五輪放送テーマソングだ。その前半部、過度な感情表現をさけ、歌詞の一言一言をかみしめるように歌う的確な歌唱がもたらす説得力に心をうたれる。リズミックな後半部での快活で凛とした表情、その歌唱に高揚感を覚えずにはいられない。

 ステージの終盤は「Mint」を筆頭に、ヒップホップ・スタイルの要素を織り込んだラップ交じりの「Heaven」「Fashionista」「Fighter」など、アップ・ビートのダンサブルなナンバーが続く。ダンサーとのアンサンブルによるエネルギッシュでキレのいいダンスに圧倒されながら、妖艶な大人の魅力がのぞいて見えるのにドキッとさせられる。

 アンコールにはTシャツにデニムのミニスカートというカジュアルないでたちで登場。ポップな「Chit Chat」や「Anything」でなごやかな雰囲気をもたらし、バラードの「Dear Diary」を。“痛みを愛しさに変えるように”“悲しみを強さに変えるように”という歌詞が耳に残るメッセージ・ソングだ。

 最後に「今日はどうもありがとう!」とあいさつした以外、ステージを通してMCは一切なし。それもまた印象深い。

 これまで歌手でありダンサーである安室奈美恵のライヴに接し、パフォーマーとしての魅力に圧倒されながら、プロフェッショナルであろうとするストイックな姿勢にも感心させられてきた。今回のDVDを見て、にこやかな表情や観客との積極的なコミュニケーションなどから、より幅広いファン層に支持される親しみのある存在として、新たな魅力を見いだせた。次回のライヴ・ツアーは絶対に見逃すまい。(音楽評論家・小倉エージ)

※週刊朝日オンライン限定記事

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小倉エージ

小倉エージ

小倉エージ(おぐら・えーじ)/1946年、神戸市生まれ。音楽評論家。洋邦問わずポピュラーミュージックに詳しい。69年URCレコードに勤務。音楽雑誌「ニュー・ミュージック・マガジン(現・ミュージックマガジン)」の創刊にも携わった。文化庁の芸術祭、芸術選奨の審査員を担当

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