小島よしお(こじま・よしお)/1980年、沖縄県生まれ。子どもの運動神経等を伸ばすスペシャリストとしても活躍。著書『キッズのココロわしづかみ術』(主婦と生活社)が3月31日に発売(撮影/写真部・大野洋介)
小島よしお(こじま・よしお)/1980年、沖縄県生まれ。子どもの運動神経等を伸ばすスペシャリストとしても活躍。著書『キッズのココロわしづかみ術』(主婦と生活社)が3月31日に発売(撮影/写真部・大野洋介)

 桜の花開く季節を迎え、大学に合格した受験生は希望で胸いっぱいだろう。4年間は長いようで短く、どう生かせるかは自分次第。早稲田大学教育学部卒のお笑い芸人・小島よしおさんが受験生にエールを送る。

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 お笑い一色の大学時代でした。入学後、先輩からお笑いサークル「WAGE」のライブに誘われ、見に行ったら面白くて入ってみたんです。人を笑わせ、目立つのが好きだから、自然な流れでしたね。1年生の終わり頃、WAGEのメンバーとしてお笑い大会に出たらスカウトされ、関東ローカル局のお笑い番組や「エンタの神様」に出演しました。

 そんなある日、学祭にバナナマンさんや浅草キッドさんに来てもらいました。本番前、俺らが“前説”してもウケないのに、いざ2組が壇上に立つと笑いの渦。プロのすごさを学びましたね。

 卒論のテーマは星新一。実はお笑いがらみです。WAGEのコントはショートストーリー仕立てでしたが、ライブのアンケートで「オチが弱い」とお客さんに書かれることが多くて。周囲から、星新一の本を読むといいよとアドバイスされ、読んだら面白いし、オチの勉強にもなりました。俺の提案したオチが採用されたことは一度もなかったけど(笑)。コントグループは、方向性の違いから5年で解散。就活していなかったから、卒業後はフリーターのようになりました。

「芸人を続けろ、1年後にブレークする」。たまたま知り合った占師にそう言われ、縁あって今の事務所に入りました。ピンで始めたら、“そんなの関係ねえ”で売れた。あのギャグ、先輩にめちゃぶりされて滑り、(滑っても)そんなの関係ねえ、って言ったらウケたのが始まりなんです。

 父親も早稲田卒で、国政選挙に6度も立候補しました。家計がずっと苦しく、俺も2浪はできず1浪で決めなきゃいけなくて。浪人中は一日16時間くらい勉強したかな。お金がなかったから、予備校で一科目の単科授業だけ取って自習室で勉強。コスパのいい受験生ですよ。赤本を繰り返し解いているうちに、変な自信がつきましたね。

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