ウェブを使った新しいジャーナリズムの実践者として知られるジャーナリストでメディア・アクティビストの津田大介氏は、参院選で敗北を喫したのは「野党」ではなく、「マスメディア」であるとの見方を示した。

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 先日の参院選で与党などの改憲勢力が3分の2以上の議席を確保し、今秋からの臨時国会で改憲論議が俎上(そじょう)に載せられることは確実な情勢となった。

 安倍首相は年頭の記者会見で「参院選で憲法改正を国民に問う」と述べたが、参院選の遊説では憲法改正に言及せず、アベノミクスの推進を冗舌に語った。一方の野党側は「3分の2」という数字を大きく掲げ、改憲派に3分の2以上の議席を獲得させまいと、改憲の争点化を目指した。結果はご覧の通り、野党共闘側の敗北で終わった。

 3年前の参院選で、1人区の勝敗は野党の2勝29敗だった。だが、今回は野党共闘の成果もあり、11勝21敗と勢いを取り戻した。自ら設定したハードルをクリアできなかった点では野党側は間違いなく「敗者」だ。しかし、本当の「敗者」は別にいる──マスメディアだ。

 参院選の選挙期間中、「報道特集」や「報道ステーション」などの一部番組を除き、ほぼすべての地上波ニュースは改憲の話題をスルーした。遊説で言及しない与党の手法が奏功した格好だ。公共放送であるNHKは目前に迫った参院選のニュースを最小限に留め、月末の都知事選の話題を集中的に取り上げた。だが、10日午後8時から各局で放送された選挙特番では、それまでと打って変わって今回の選挙の争点が改憲であると打ち出した。安倍政権を後方支援する「日本会議」に密着したドキュメンタリーや、自民党の改憲草案の解説などもあった。いずれも、事前に仕込まなければできない内容だ。彼らはこの選挙結果を予想した上で、あえて「選挙後」に放送したのだ。

 軽妙な語り口で知られるテレビコメンテーターのデーブ・スペクター氏は、ツイッター上で各局の選挙特番を痛烈に批判した。

 
〈選挙終わってから候補や政党や支援団体のことを特番で見せられてもどうしろと言うんですか? 遅いだろう! 全く役に立たない〉。一言一句同意である。この事態を「欺瞞(ぎまん)」と呼ばずして何と言おうか。

 ラジオの各報道番組は争点を改憲にすべく頑張っていた。だが、安倍首相は自民党に親和的なニッポン放送の代表取材しか受けなかった。自分たちに批判的なメディアの取材は受けない──これが許されてしまうことが、いまの日本のメディア状況を端的に表している。

 新聞各紙は改憲問題を積極的に報道したが、改憲を争点化させることはできなかった。今回の参院選における「3分の2」という数字の意味を有権者がどれだけ理解しているか各地方紙が街頭で調査したところ、高知新聞で83%が、神奈川新聞で67%が「知らない」と答えた。衝撃の結果だがさもありなん──週刊誌は言わずもがな、もはや「紙」メディアに世論を喚起する影響力などないのだ。有権者に「3分の2」の意味すらまともに伝えられていないのだから。

 繰り返そう。参院選で「敗北」したのは、野党ではない。マスメディアだ。
 
週刊朝日 2016年7月29日号

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津田大介

津田大介

津田大介(つだ・だいすけ)/1973年生まれ。ジャーナリスト/メディア・アクティビスト。ウェブ上の政治メディア「ポリタス」編集長。ウェブを使った新しいジャーナリズムの実践者として知られる。主な著書に『情報戦争を生き抜く』(朝日新書)

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