“上品なお母さん”加藤治子さん死去 最後の言葉とは…? (1/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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“上品なお母さん”加藤治子さん死去 最後の言葉とは…?

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週刊朝日#お悔やみ
最期まで「上品な母親」だった加藤さん。葬儀は近親者で営まれた (c)朝日新聞社

最期まで「上品な母親」だった加藤さん。葬儀は近親者で営まれた (c)朝日新聞社

 俳優の加藤治子さんが11月2日、心不全のため亡くなった。享年92。テレビドラマ「寺内貫太郎一家」(1974年・ТBS)のおっとりとした母親役のイメージが強いが、実に多彩な役柄を演じてきた。加藤さんと親交のあった人々が、本誌に追悼の言葉を寄せてくれた。

 加藤さんは、映画での遺作となった「おとうと」(2010年・監督=山田洋次)で、家庭内で疎外感に苛まれながら老いていく義母役を演じた。

 山田監督が振り返る。

「撮影時はすでに80代半ばで、足も弱っておられました。主演の吉永小百合さんやスタッフも気遣っていましたが、年寄り扱いしないでほしいと迷惑がっていましたね。知的で冷めた視点を持っておられました」

 数ある加藤さんの主演作の中で、山田監督が絶賛するのが舞台作「こんにちは、母さん」(01年・作・演出=永井愛)。70歳を過ぎた母親が新たな恋をし、ボランティアに夢中になる。

「古風なお母さん像とはまったく異なります。リストラなど現代の都市生活者の悲劇をベースにしながら、加藤さんは知的で目覚めた女性を演じられる稀有な方だと思いました。実は、僕はこの舞台を映画にしたくて、劇作家の永井さんとも何度も相談しました。機会を逃してしまい、残念というほかありませんが、加藤さんは立派に人生の終止符を打つことができた人ではないかしらと感じています」

 東京・赤坂に生まれた加藤さんは、松竹少女歌劇団を経て、39年に東宝映画(当時)に入社。映画「花つみ日記」でデビューする。41年、後に夫となる劇作家の加藤道夫、芥川比呂志らと「新演劇研究会」結成に参画。49年には文学座に合流し、数々の舞台を踏む。


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