ドラマ評論家の成馬零一氏は、脚本家の木皿泉を例に、今後BSやWOWOWに注目が集まると予測する。

*  *  *

 脚本家の木皿泉が初めて執筆した長編小説『昨夜(ゆうべ)のカレー、明日(あした)のパン』(河出書房新社)は昨年4月に刊行されて以降、ロングセラーを記録。全国の書店員が選考員を務める2014年本屋大賞の第2位を受賞している。そして今回、NHK-BSプレミアムにて、木皿泉自身による脚本でドラマ化された。

 物語は夫の一樹(星野源)に先立たれたテツコ(仲里依紗)と、夫の父親のギフ(鹿賀丈史)を中心とした群像劇。二人は普段は明るく振る舞いながらも、一樹を失った喪失感を抱えて暮らしている。

 二人をとりまく人々は、CA(キャビン・アテンダント)の仕事をしていたが、ある日、笑うことができなくなって仕事を辞めて引きこもるムムム(ミムラ)。テツコの同僚で、テツコにプロポーズをしている岩井さん(溝端淳平)。一樹の親戚で、一樹の思い出が詰まった車を手放すかどうかで悩む虎尾(賀来賢人)。出てくる登場人物の多くが、何らかの形で喪失感を抱えて生きている。

 生と死をテーマとした観念的なやりとりが多いが、作品のトーンは明るく楽しい。料理家の高山なおみが監修を務める料理も、毎回美味しそうで、食事場面を含めた日常描写と穏やかな人間関係の心地良さに身を委ねれば、笑って泣ける明るくて切ない作品に仕上がっている。

 また、日常を描いていてもどこか幻想的。第4話では、亡くなった一樹と、ギフの妻だった夕子(美保純)が法事の日に訪ねてくる場面がある。

 作品のトーンは、木皿泉の出世作となった『すいか』(日本テレビ系)に近い。34歳のOLが、人生で初めて親元を離れて共同アパートで一人暮らしをする中で、日常に潜む生と死にまつわる哲学を発見していく物語は、視聴率こそ低かったが、ドラマファンに衝撃を与え、第22回向田邦子賞を受賞した。

 木皿泉は、和泉努と妻鹿年季子(めがときこ)の夫婦からなる共同ペンネームの脚本家だ。『野ブタ。をプロデュース』『セクシーボイスアンドロボ』『Q10』(すべて日本テレビ系)といった連続ドラマを執筆し、いずれも高い評価を獲得している。

 普段は神戸のマンションで暮らし、脳出血で倒れた後遺症の残る夫の和泉を妻鹿が介護しながら二人で執筆している。そんな二人の姿はドキュメンタリー番組「しあわせのカタチ~脚本家・木皿泉 創作の“世界”~」にも収められており、作品だけでなく二人の生き方自体にも注目が集まっている。

『Q10』以降は連続ドラマから離れ、舞台やアニメの脚本を執筆したり、小説やエッセイなどに活動の幅を広げていたが、本作で4年ぶりの連続ドラマ執筆となった。良い意味でこぢんまりとしていて、すごくパーソナルな作品に感じる。しかしそれが秘密の隠れ家にいるみたいで、実に居心地がいい。

 これは視聴率競争や表現に対する規制が年々厳しくなっている民放地上波ではなくNHK-BSで放送されていることとも無関係ではないだろう。ギフは、かつてストレスからパチンコ依存症になったという過去があるのだが、もしも民放地上波で放送していたら、パチンコ会社から抗議が来ていたのかもしれない。

 木皿泉のような、視聴率は取りにくいが、強い作家性ゆえに高い評価を受けている作家を受け入れる場所として、BSやWOWOWは、今後より注目が集まっていくだろう。

週刊朝日  2014年11月28日号