今年2月に音楽プロデューサーのつんく♂さんが診断を受けた喉頭(こうとう)がん(のどのがん)。進行して見つかると喉頭を摘出して、声を失うことになる。しかし、“声か命か”の選択を迫られる状況から、“声も命も”失わずにすむ治療法が普及しつつある。

 兵庫県在住の戸川雄平さん(仮名・66歳)は、2010年、声のかすれとのどの違和感があったため、近所の耳鼻咽喉科を受診した。ファイバースコープでの検査などにより、喉頭がんの疑いがあると言われ、地元の総合病院を紹介された。

 喉頭がんは、声帯を含むのどぼとけにできるがんだ。患者の9割は喫煙者で、多量の飲酒も関係する。ミュージシャンの忌野清志郎さん、落語家の立川談志さんなどがこのがんで亡くなり、最近では音楽プロデューサーのつんく♂さんが治療を続けている。

 喉頭は、気管と食道が分かれる部位にあり、呼吸と発声に関わる器官だ。食べ物をのみ込むときには気管に蓋をし、飲食物が入るのを防ぐ役割も果たしている。

 戸川さんは、紹介された地元の総合病院での検査で、喉頭がんの一種で左側の声帯にできた声門がんと診断された。早期の場合は手術以外に、放射線治療が可能で、内視鏡によるレーザー治療が選択されることもある。戸川さんは、放射線治療を受け、無事に根治したと思っていた。ところが、翌年同じ部位に再発が見つかり、主治医からは喉頭全摘出手術を勧められた。

 

 しかし、喉頭を摘出すると声を失うため、戸川さんはなんとか喉頭を残す方法はないかと、最初の耳鼻咽喉科で相談した。医師から紹介を受けて、喉頭がんの症例が豊富な神戸大学病院を訪れた。

 同院耳鼻咽喉・頭頸部外科の齋藤幹医師は、戸川さんの病状から「喉頭垂直部分切除術」を選択できると診断し、 11年8月、この手術を実施した。喉頭垂直部分切除術とは、声帯を取り囲む軟骨を切り開き、がんが広がった声帯の一部と周囲の組織を切除する手術だ。

「声帯を残すことができるため声を失わないですみ、食べ物が過って気管に入ってしまう嚥下(えんげ)障害も極力防げます」(齋藤医師)

 戸川さんは、その後3年間、定期的に経過観察を続けているが、再発することなく、普通に話し、日常生活を送っている。

 戸川さんのように声を失わずにすむ手術には、喉頭をすべて切除するのではなく4分の1を残す喉頭亜全摘(あぜんてき)術もある。

「喉頭を温存できる点では、患肴さんにとっていい術式です。ただし、この手術は、9割程度声帯を取ることもあり、声帯が残っても声質はかなり変わってしまいます。後遺症で嚥下障害を伴うことも多いのです。さらに喉頭を残せば、がんが再発する恐れもあるため、腫瘍の部位や進行度、患者さんの年齢、身体状況、生活環境などさまざまな要因を十分に考慮し、慎重に適応する必要があります」(同)

週刊朝日  2014年5月23日号より抜粋