2014年4月に8%、15年10月には10%へと増税される消費税。しかし、安倍政権下で増税先送り案が浮上しているという。安倍政権で内閣官房参与を務め、アベノミクスを支える米エール大の浜田宏一名誉教授(77)に独占取材した。

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 デフレ脱却の道筋が見えて、国民の間にこれから日本経済が回復するんだという「期待」が定着する。そのときが、消費増税のタイミングだと思います。

 来年4月に増税するとなれば、準備のためにも今年の秋には正式決定しなければなりません。景気回復の兆しが見えてきたとはいえ、まだ日本経済に疑心暗鬼の人も多いはずです。ですから、増税時期を1年くらい延ばしてもいいのではないかというのが、私の暫定的な提案です。

 増税自体に反対するわけではありません。日本政府の累積債務額は、国際的にみても、ずいぶん深刻といえるでしょう。今の日本経済は対外資産をたくさん持つ「金持ちお母さん」である民間セクターと、「貧乏お父さん」である政府セクターのコンビネーションから成り立っています。地震対策からもわかるように、資金の必要な政府が、税金という形で、いわばお父さんがお母さんからお金を「巻き上げる」ことは、次に述べるような無駄が生じても時には必要なことだと思います。

 経済学では「死重の損失(dead weight loss)」という言葉があるように、税金がかかると売値と買値との間に楔(くさび)が打ち込まれ、結果、生産者も消費者も損をすることになります。ですから本当は税金は上げないほうがいいのです。こういった増税に都合の悪い面について、財務省が何も説明しないことは問題ですね。

 ましてや、デフレ脱却前に消費税を上げれば、景気の上向きの芽を摘み、経済活動が再び停滞する危険性もあります。1997年に消費税を3%から5%に上げた橋本龍太郎内閣では、増税後に所得税や法人税が減収し、消費税の増収分が帳消しになってしまいました。国内外で、デフレ下で増税を行い経済が回復した例を、私は知りません。

 では、どうなればデフレ脱却といえるのでしょうか。まずは、商品やサービスの供給が需要を上回る「デフレギャップ」が解消されること。あとは失業率が3%台に下がること。また有効求人倍率が1.5倍から2倍くらいになってくれば人手不足になり、今度はインフレを心配することになります。そういった時期になれば、消費税を上げてもいいと思います。

 2%の物価上昇率目標を強調する見方もありますが、国民にとってはインフレそのものが目標ではありません。インフレにならずに雇用や生産を回復できればそれに超したことはない。

 インフレ目標は一種の手段で、目指すのはあくまで生産、雇用の回復です。仮に金融政策を大盤振る舞いすることで地価や株価がどんどん上がり、過熱が懸念されるならば、インフレをストップさせるために消費税を上げるという考え方もできるでしょう。

 金融政策をきちんと行えば日本経済は復活する。前々からそう言ってきましたが、学者にもメディアにも信じてもらえませんでした。しかし今、黒田東彦・日銀総裁が大規模な金融緩和を実施した結果、はっきりと効果が見えてきました。アベノミクスは悲観的だった経済状況に気持ちの転換をもたらしていると思います。その意味で、理屈でなく行動で金融政策という薬が効くことを国民に示した安倍首相の政治的なリーダーシップを大いに評価しなければならないと思います。

 金融政策の効果は、株価などの資産価格にはすでに表れていますね。地価も少しずつ動いているようです。あとは私たちの消費や投資、さらには生産や雇用にどれだけ強く波及するのかを注意深く見ていかなければなりません。地方の景気動向調査などには、すでに改善の兆しが出てきています。曇りがちだった景気は着実に明るくなり始めているのです。
                                      
週刊朝日 2013年5月24日号