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「話題の新刊」に関する記事一覧

鬼はもとより
鬼はもとより 藩札とは、江戸時代に各藩が発行していた紙幣のこと。発行元の藩の財政への信頼が強ければ、藩領を越えてまで流通するが、ひとたび信用が失われれば取り付け騒ぎが起こり、一気に紙くずとなる。本書はこの藩札を主題に据えた新機軸の時代小説である。  江戸中期、藩の財政が逼迫しつつあるなか、この藩札を管理する藩札掛となった主人公は、藩札の流通管理こそ、武士の生き方にふさわしい御勤めと確信する。そして藩が実体経済に合わない大量の藩札刷り増しを命じると、命を賭してそれを拒み、藩札の原版を抱えて脱藩する。そして江戸でフリーの藩札コンサルタントとなり、ある弱小藩の財政立て直しに挑むのである。  斬新な設定、簡潔で洗練された文体、緻密な構成、当時の町並みが目に浮かぶような情景描写、いずれもが素晴らしい。そして現在の金融問題も想起させつつ、職業人としてのまっとうな生き方を読者に問うてくるのだ。  言うまでもなく硬派な小説であるが、実は男と女の愛のあり方を少ない言葉で見事に描いていることにも感服する。
須賀敦子の方へ
須賀敦子の方へ 外面と内面の二つの時間の流れが交錯する文章を紡いだイタリア文学者、須賀敦子。彼女の生涯を作品と重ね合わせ、フランス留学に発つ前までの軌跡を、よき友人だった作家がたどった。  須賀の文章は、感傷的で情緒的な「追憶のエッセイ」と銘打たれることが多い。だが、両親の反対を押し切って結婚した夫、ペッピーノの早すぎる死を始め、彼女は生涯において数多くの岐路に立たされ、そのつど新しく生き直そうと自らの途を切り拓いてきた。死者への激しい追悼の思いを感情に溺れずに綴り、周囲に生き生きとした笑顔を見せて孤独に堪えた須賀の芯の強い一面が浮かび上がる。  学生時代に親交のあった有吉佐和子が人気作家としてイタリアに来て、「ガス、あなたほどの人がなにをやってるのよ」と作家になる前の須賀をけしかけていたのは愉しい。彼女がもっとも影響を受けた日本文学は、父親の薦めで読んだ森鴎外の『澀江(しぶえ)抽斎』。知識のある人に嫁ぎたいと自らの意志をはっきりと主張した、抽斎の4人目の妻の生き方が、須賀に重なるとの指摘もある。
昆虫はすごい
昆虫はすごい 4億年前、地球上に誕生した昆虫は現在知られているだけで100万種以上、なんと全生物の半数以上を占める。形も生態も気が遠くなるほど多様な進化をとげていて、今日びヒトがやっていることはおおかた昆虫が先にやっているという。収穫する、真似る、恋する、旅をする。農耕牧畜、戦争から同性愛に詐欺にいたるまで、彼らの驚くべき生態を人間の生活に重ねて楽しく紹介している。  自分の遺伝子を残すことが唯一にして最大の目的であるゆえに、“恋愛”にかかわることはもうあの手この手。「婚姻贈呈」は交尾するために雌に獲物をプレゼントすることだが、オドリバエの中には糸で外側の包装だけ作って中はカラ、というヤツがいる。結婚詐欺か。  小型のアゲハチョウの一種は、交尾がすむと雄が雌の生殖器に粘液をかけて蓋をする。つまり貞操帯をしちゃうのだ。なんともはや。  縄張り争いで自爆テロをやらかすアリまでいて、その名もバクダンオオアリ。私たちのすぐそばに、こんなに奇妙奇天烈でミラクルな世界があるとは。これを知らずにいるのはまことにもってもったいない。
フラッシュ・ボーイズ 10億分の1秒の男たち
フラッシュ・ボーイズ 10億分の1秒の男たち 米国の株式では2008年前後から異変が目立ち始めた。投資銀行のディーラーが顧客の注文の株を買おうとするとモニターから売り物が消え、想定より高値でつかまされるケースが多発した。その謎を解き明かすために、ウォール街の二軍の存在だったカナダロイヤル銀行のブラッド・カツヤマと仲間たちが立ちあがる。本書は彼らが巨大な詐欺システムの全容を暴き、公正な取引所の立ち上げを目指すノンフィクションだ。  カツヤマたちは「フラッシュ・ボーイズ」と呼ばれる超高速取引業者の存在を炙り出す。まき餌に投資家を食いつかせ、ナノ秒(10億分の1秒)単位で先回りして大量に株を買い占める。彼らにしてみれば一般投資家はカモに過ぎない。精力的なディーラーに代わり、無機質なシステムが金融街の主役になり、その波は日本をものみ込みつつあることがわかる。  映画化もされた『マネー・ボール』で知られる著者は権力や権威に挑むアウトサイダーを描いては当代一の書き手。生き馬の目を抜く金融街に残る一分の良心を照らし出している。
桜色の魂 チャスラフスカはなぜ日本人を50年も愛したのか
桜色の魂 チャスラフスカはなぜ日本人を50年も愛したのか 東京五輪の女子体操金メダリスト、ベラ・チャスラフスカ。金髪に美貌のチェコスロバキア(当時)の選手で、多くの日本人を魅了した。ノンフィクション作家が彼女の半生と日本への深い想いを浮き彫りにする。  プラハの春を後押しする「二千語宣言」に署名したチャスラフスカは、時の政権から迫害を受け、メキシコ五輪を目前に身を隠す。体操の器具もない山奥でトレーニングを続け、鬼気迫る演技で金メダルに輝いた。だが、署名撤回を拒みつづけたため一切の職を与えられず、20年にわたりスポーツ界から追放され、執拗な嫌がらせを受ける。名前を偽り清掃員になって生活費を稼いだ。政治に関する話をするときには家中の水を流し、盗聴の録音を防いでいたと彼女の娘は証言する。  彼女の心を支えたのは、競技を通じて交流した遠藤幸雄選手を始めとする日本人への深い信頼と親しみ、そしてひとりの日本のファンから贈られた日本刀の「サムライの魂」ではなかったか、と著者。懐かしくも美しい日本の心が、彼女の凛とした生き方のなかに甦るようだ
詩を書くということ
詩を書くということ 本書は詩人・谷川俊太郎氏が、2010年にNHK BSハイビジョンで放送された番組「100年インタビュー/詩人・谷川俊太郎」で語った言葉をもとに構成されている。  谷川氏は真空管ラジオを作ることに夢中だった17歳のとき、詩と出会い、人生が変わる。詩を書くことは、他者と結びつく手段となる。そして時を経て、自分の外にある言葉の豊かさを意識するようになる。「『自分の中に言葉がある』って、ある時期から思わなくなりました」という言葉が印象深い。  番組では途中、谷川氏自身による詩の朗読が織り込まれており、それに対応して本書でも「かっぱ」「生きる」「さようなら」など11作品を収録している。  谷川氏は、声に出して表現することの可能性についても語る。「言葉はやっぱり、(中略)実際に声に出してみると、音の要素もあるし、言葉が描き出すイメージの要素もあるし、様々な要素が言葉にあるんですね」。意味だけでは伝えきれない、私たちをとりまく世界の手触りを、谷川氏は詩を書くことで伝えようとしている。

この人と一緒に考える

親のための新しい音楽の教科書
親のための新しい音楽の教科書 どうして学校で習う音楽は、「楽しくみんなで歌いましょう」というふうに教えられるのだろう。そして、楽しいはずの音楽は、どうして大人になると「自分は音痴だ」と尻込みする人が出てくるような、堅苦しいものになってしまうのだろう。私たちにとって、音楽はいつのまにかとても窮屈なものになっているのではないだろうか。  広島大学名誉教授で音楽教育が専門の著者は、その理由を「日本人は明治の近代化の掛け声とともに、千年以上の歴史をもつ自分たちの音楽をあっさりと切り捨てた」ことにあると指摘する。つまり、明治以降の日本人にとって音楽とは、西洋からの輸入品であり、努力して学ぶものになったのだ。  著者は、音楽をもう一度身近なものとして捉え直そうと呼びかける。本書に出てくるのはクラシックから民謡、わらべうた、歌謡曲、ヘビーメタルにパンク・ロックまで。多彩な音楽を「楽しい音楽」「こども用の音楽」「はずかしい音楽」「へたくそな音楽」など、大胆な切り口で語り下ろした本書は、ひとつの日本文化論としても興味深い。
用具係 入来祐作 僕には野球しかない
用具係 入来祐作 僕には野球しかない 巨人時代に先発投手として活躍した、元プロ野球選手による自伝だ。日本ハムを経てメジャーに挑戦した後、2008年に横浜に入るも、同年オフに戦力外通告を受けて引退。現在は横浜DeNAの用具担当職員として働く。  ボールの管理からグラウンド整備、クリーニング業者との打ち合わせまで、選手が野球に集中できるように環境を整えるのが仕事ゆえ、気分としては「『ドラえもん』みたいなもの」という。  解雇された後、野球界に残りたいと球団に懇願し、バッティング投手になった。気持ちよく打たせるために毎日150球。現役時代には視界にもなかった厳しさを思い知る。そこから「第二の人生」がスタートする。  印象深いのは、PL学園野球部の先輩で、自分より半年余り前に現役引退した巨人のエース桑田真澄さんとのことだ。戦力外通告から約1カ月半後、野球教室を手伝った日の別れ際にかけられた「いいかい、祐作。とにかくこれからの人生は謙虚に、誠実に生きなさい」との助言がしみ入る。極めれば「裏方」こそ職人の世界と思わせる。
言論抑圧
言論抑圧 1937年、東京帝国大学教授であった矢内原忠雄が自身の言論活動を理由に、自ら職を辞したことにより知られる「矢内原事件」。本書はこの事件に光を当て直す試みだ。  従来、矢内原事件は戦前・戦中時の政治権力による言論抑圧の一環と説明されてきた。それに対し著者は「マイクロヒストリー」と呼ばれる手法を用い、出版社・文部省役人・東京帝国大学総長など事件に関わった様々な人々の視点から事件を再構成する。臨場感溢れる記述により、事件の核心は矢内原個人の頭上を超え、大学総長と政治圧力との関係にあったことが明かされていく。  終盤では事件が現代に残す教訓として、言論抑圧をめぐる認識の問題が挙げられる。ひとたび言論抑圧が起これば、それを一市民が把握することはできない。であればこそ「どの言論人が何を言ったか」ではなく「どのような言論人が表舞台から消えていったか」への注目こそが重要なのだと著者は言う。秘密保護法などにより言論規制をめぐる問題に関心が高まる現在、その指摘は切実さを帯びている。
月を見あげて 第二集
月を見あげて 第二集 仙台在住の著者が河北新報に連載したエッセイの第二集。震災の記憶がまだ鮮明だった第一集とは違って、穏やかな日々の営みが綴られている。  道に迷ったらしいレース鳩、光を求めて飛んできた虫たち、道の一面を白く染めている小花の集落など、偶然に出会った生き物は著者の生活に彩りを与える。他にも、ふと頭をよぎる俳句、お気に入りのセーター、松本竣介の絵など著者の心を躍らせるものは限りがない。道端で拾った羽根を片手に『野鳥の羽根』という図鑑をのぞく姿など、五十歳過ぎの大人とは思えない旺盛な好奇心には脱帽した。  妻と新聞紙の使い道についてあれこれ語り合っていると、断水が続いた震災の時に、水の節約に有効だったという当時の記憶が蘇る。俎板(まないた)に新聞紙を敷いたり食器の汚れを新聞紙で拭き取ったりしたのだ。時が経っても風化せず日常の中に入ってくる震災の記憶や毎日の些事に、著者は温かなまなざしを向けている。自ら撮影し、文章とともに掲載されている写真からも、そのような彼の視線はひしひしと伝わってくる。
阿蘭陀(おらんだ)西鶴
阿蘭陀(おらんだ)西鶴 江戸初期に大坂で活躍した作家、井原西鶴は若くして妻を失い、盲目の長女おあいと二人だけで暮らし始める。本書はおあいを語り手に西鶴の人生を描いた小説だ。  おあいは、家族の悲運を披瀝し、憐憫(れんびん)を誘って自らを売り込む「人たらし」の父を快く思わない。とはいえ、不快さを抱えつつ、家事を見事にこなし、プロ顔負けの料理の腕前で父を支えてゆく。  やがて西鶴は『好色一代男』などのベストセラーを連発するが、印税のない時代ゆえ、生活は一向に楽にならない。しかし、そんな生活のなかでおあいは父の真情を知り、不信を解いてゆくのだ。  貧乏人の悲喜こもごもを描いた西鶴の後期代表作『世間胸算用』はそんな西鶴自身の貧乏暮らしから生まれた。この作品を、おあいは「お父はんの真骨頂や」と誇る。  貧しくとも、忠義、孝行、倹約といった江戸幕府の価値観を否定して「御公儀(おかみ)が何じゃい」と笑い飛ばす西鶴は、まさに大坂的だ。本書は「大坂の心意気」そのものを主人公とした痛快な作品ともいえる。
やなせたかし  おとうとものがたり
やなせたかし おとうとものがたり 5歳のときに父が亡くなり、母は再婚するため幼い子供たちをおいて家を出て行った。残された兄弟の絆と22歳で戦死した弟への想い──昨年亡くなった漫画家、やなせたかしさんが絵と詩で紡いだ18編の物語。  二人を引き取った伯父は実の子供同然に育ててくれたが、弟は伯父夫婦の養子となり、やなせさんは居候のような存在。父母と弟、家族にみなバツ印のついた戸籍を見たとき、自分はこの世で一人になったのだと知る。  それでも兄弟いつも一緒で、どんなときもお互いの味方。快活で優等生の弟は兄の誇りだったけれども、ふと自分の中にある小さなねたみに気づく。少年の葛藤をやなせさんは目をそらさず、切ないほどまっすぐ見つめる。  その弟は出征してフィリピン沖の海で命を絶たれた。もう永遠に心の内を伝えられない、その癒やしがたい痛みに胸がしめつけられる。  いつもと同じあたたかい絵。だがモノクロの画面には、心の奥にしまいこまれてきた寂しさと悲しみが溢れる。川辺に座る兄弟の後ろ姿は、読む人の遠い記憶を呼び覚まし、目頭が熱くなるのを止められない。

特集special feature

    やまとなでしこの性愛史
    やまとなでしこの性愛史 日本古来と信じ込んでいた風習が意外にも歴史が浅いことは少なくない。恋愛や家族制度も例外でない。平安時代から現代まで先行研究を繙けば、日本では西洋と異なり、多妻制度や離婚も厭わずに自由に結びつく形態が、長い目で見れば標準的であることがわかる。  本書が興味深いのはこうした形態を可能にした要素として、女性の経済力を指摘している点だ。平安時代は、経済的基盤を築くため女性の実家の財産目当てに多くの妻を持った男も珍しくなかったという。また、一部の上流階級を除けば、女性は機織りなどの労働に裏打ちされた経済力を持っていたことで男女が対等な関係を結ぶ時代が続いた。  明治になり、西洋の倫理観を取り入れたことが家族制度の転換点となった。同時に工業化により、女性が担っていた職が消失して男女の経済格差が生じ、現代につながる家父長的な家族形態を強固なものにしたことは見逃せない。  現代は非婚化が進む。その原因の一つが、女性の社会進出による経済力の拡大にあるのは歴史を眺めれば皮肉だ。
    すごいジャズには理由(ワケ)がある 音楽学者とジャズ・ピアニストの対話
    すごいジャズには理由(ワケ)がある 音楽学者とジャズ・ピアニストの対話 クラシックの音楽学者がアメリカ人のジャズ・ピアニストにジャズの見解について質問。あくまで音楽そのものに即して、モダン・ジャズの巨匠6人の音楽の特質を分析する。  ジャズ・ピアノ史上最高のテクニシャンとして名高いアート・テイタムの豊かな和音には、実は陰影を添える不協和音が多く含まれている。チャーリー・パーカーは、テイタムの演奏するハーレムのバーで、彼の音楽がわかるまで皿を洗い続けた。ジャズには楽譜がないので、現場で他人のスタイルを身につけ、一回で全てを覚えなければならないのだ。パーカーに雇ってもらったマイルズ・デイヴィスには、転調やサイド・スリッピングや裏コードをどれだけ使ってもついていく頭の良さがあった。息がもれるような吹き方をするマイルズのトランペットは、ジョン・コルトレーンのぶっきらぼうな音色と共鳴。ヴィブラートが多く、「白人っぽい」「スウィートな」音楽とは対極にあり、黒人たちの共感を呼んだ。  そんな調子で対話は自在に続く。主だった譜例をストレンジ氏が実際にピアノで弾き、ネットで流しているのが新しい。
    つげ義春 夢と旅の世界
    つげ義春 夢と旅の世界 1960~70年代、独自の作風により一世を風靡したマンガ家、つげ義春。本書は八七年以降休筆状態にある彼の魅力を改めて世に伝えるべく編まれた一冊である。  まずは「ねじ式」「紅い花」など、本書に収められた代表作の短編に注目したい。いずれも原画であり、時代を超えた圧倒的なインパクトがある。初読者のためのQ&Aコーナーはデビュー作以降の歴史を、略年譜はつげ氏の人柄を知る手助けとなるだろう。白眉は何と言っても、本人へのインタビューだ。写真がネットに出ることを厭い日頃は人前には出ないつげ氏が、美術史家・山下裕二氏を聞き手に迎え4時間にわたり作品や自身の近況を語っている。「シュルレアリスム的」と評されることも多いつげ作品だが、本人は「創作の基調はリアリズム」と語るなど、作者自身の口を通して新たに知ることも多い。  こうした特集本が出ること自体、今なお影響力があることの証しだ。しかし「もう現役ではないのでもうすぐ忘れられる」「忘却されるのはひとつの身辺整理」と飄々と語るその口調が、いかにもつげ氏らしい。
    井田真木子 著作撰集
    井田真木子 著作撰集 著者は大宅壮一ノンフィクション賞受賞作『プロレス少女伝説』や『同性愛者たち』などで知られるノンフィクションライターだった。2001年に44歳で夭折した後、作品は次々に絶版になった。それを惜しんだ編集者が作品を編み直し、復刊した。版元の「里山社」は、その編集者が昨年、一人で設立した出版社だ。  本書には、長篇ノンフィクション三作を中心にエッセイや詩が収められている。内容は劇的ではない。代わりに取材相手の日常生活や人生を深く掘り下げる。根気強く言葉を引き出す一方、取り巻く現実を注意深く見つめている。女子選手たちに質問を重ねてプロレスの魅力を聞き取り、若い同性愛者たちと多くの時間を共にし、彼ら彼女らを特別の存在ではない市井の人間として描き出した。  著者は時折文章に顔を出し、取材相手への戸惑いを隠さず書く。その率直さは、取材対象にぐっと近づいたような感覚を与えてくれる。澄んだ、性能のいいレンズを通して世の中を覗くような気分になる本だ。
    竹鶴政孝とウイスキー
    竹鶴政孝とウイスキー この秋放送が始まったNHK連続テレビ小説「マッサン」のモデルは、明治中期に生まれた竹鶴政孝で、国産ウイスキーづくりの第一人者だ。単身スコットランドで学び、国際結婚をへて帰国し、北海道余市町に後のニッカウヰスキーとなる大日本果汁株式会社を設立した。番組のウイスキー考証を担当するウイスキーライターが、彼の生涯や、スコッチウイスキーの製造方法を書きしるした『竹鶴ノート』、そして竹鶴の養子となった威氏の証言から、その人物像を浮かび上がらせる。  竹鶴は鷲鼻のせいか、スコットランドではよくスペイン人に間違えられた。毎晩一本、晩年はその半量のウイスキーを、入院時も医者からの許可を得て空けていた。安い〈ハイニッカ〉を好んだが、のちに余市と仙台・宮城峡の二つのモルトウイスキー、そしてカフェグレーンの三つをブレンドした〈ノースランド〉を飲んでそのうまさに驚嘆。「世間の人は、わしが高いウイスキーを飲んでいると思っているかもしれんが、いちばん売れているものを飲むんじゃ」とあっさりと鞍替え。エピソードも楽しい。
    女性社員にまかせたら、ヒット商品できちゃった
    女性社員にまかせたら、ヒット商品できちゃった 累計販売数が700万を超え、世界45カ国で販売されるヒット商品はいかにしてつくられたのか。朝日新聞デジタルでコラム「魂の中小企業」を連載中のベテラン記者がドラマを綴り、分析を加えたビジネス書。  女性用のフットケア用品「ベビーフット」は、使うと足裏の皮がズルリと剥ける。元々は水虫に悩む男性に売れていた。木酢液を使った液に素足をひたし、そのまま数時間を過ごすと足裏の角質がとれて綺麗になるという。価格は7800円。だが、薬事法の改正で、「水虫が治る」とうたえなくなり、売り上げが急落。ターゲットを女性に変え、値段を抑え、フルーツの酸を使用。社員三十人の会社ゆえ、社員総出でモニターになり、パッケージにも社員の足の写真を使った。社長は、20代社員を筆頭に女性のみの部署を作る。彼女たちは丁寧にフットケアのデータを取り、「足裏ズルむけコンテスト」を企画し、利用者のブログのひとつひとつに共感し、サポートする姿勢でコメントを返していったところ、やがて火がついた。言葉と伝える力がヒットを生む他例も紹介される。

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