AERA with Kids+ Woman MONEY aerauniversity NyAERA Books TRAVEL

「中国」に関する記事一覧

柳井氏「中国市場を捨てれば日本の『老衰』は早まる」
柳井氏「中国市場を捨てれば日本の『老衰』は早まる」 尖閣諸島をめぐって対立した中国との関係は、いまだに緊張が続く。一時期の暴動は治まったものの、将来的な「チャイナリスク」を考え、日系企業の一部には「脱中国」の動きも出てきた。しかし、衣料品店「ユニクロ」を展開するファーストリテイリングの柳井正会長兼社長は、「中国市場を捨てることは、グローバル企業として死を選ぶことと同じ」と強調する。
中国人エリートは日本人をこう見る
中国人エリートは日本人をこう見る 中国で日本車が売れなくなっている。影響は部品メーカーにまで及ぶ。「尖閣ショック」と呼ぶメディアもあるようだが、ぼくは「石原不況」と呼ぶべきだと思う。この際、責任の所在をはっきりさせよう。  もっとも、すべての中国人が反日感情を抱いているかというと、そうでもない。すべての日本人が中国嫌いではないように。  中島恵の『中国人エリートは日本人をこう見る』は、中国人若手エリート約百人に聞いた、日本観・日本人観である。  びっくりしたのは、小泉元首相の人気がけっこう高いという話。靖国神社参拝で対立の種を蒔いた張本人ではないか、と思ったが、小泉のように白黒はっきりするほうがわかりやすいということらしい。人気があるからといって、靖国神社参拝に賛成している中国人が多いということではない。  登場するのは日本への留学生をはじめエリートたちだ。高い教育を受け、経済的にも恵まれている。都会育ちで、家庭環境もいい。  彼らは冷静に日本と日本人、中国と中国人、そして世界を見ている。日本はいい国だといい、日本人に対してもよい感情を持っている。中国のGDPが日本を追い抜いたことについても浮かれてはいない。国民一人当たりではまだ大差があるからだ。「中国に負けた」「日本はもうダメだ」と悲愴感ばかりの日本人よりもずっとクールである(と、つい自虐的に悲愴感にひたってしまう)。  しかし、親日的なのがエリート層だということに注意を払わなければならない。貧しい、地方の、高い教育を受けられない人びとは、反日的な感情を抱いているだろう。それは中国社会の矛盾かもしれないし、もしかするとその矛盾を政治が利用しているのかもしれない。  国家間の対立を煽って状況がよくなることなどあり得ない。歴史を振り返ればそれは明らかだ。暴走老人よりも中国人エリートと手を結び、新しい日中関係を築いていくべきだ。
中国外交 苦難と超克の100年
中国外交 苦難と超克の100年 現代中国の外交戦略は「保守派と改革派の対立」といった図式ではとらえられない。著者によれば、理解のカギは近代史にある。  中国人自身も囚われてきたアヘン戦争に始まる「屈辱の近代史」というイメージは、中国の外交戦略の連続性を覆い隠してきた。本書は、「イデオロギーにもとづく歴史観」の乗り越えを目指す近年の中国史研究の成果を参照しつつ、その連続性をたどり直す試みだ。  見いだされた連続性。それは、時に過激なスローガンを掲げつつも、その実一貫して「現行の国際秩序」を黙認し「国内安保」「国力増強」を最重要視し続ける外交姿勢である。だが、その姿勢も1997年のアジア金融危機以降、大きな転換点を迎えたと著者はいう。中国は「責任ある大国」として国際社会に積極的な参入を始める。  GDPは世界第二位になったが、国民一人当たりの所得は日本の9分の1。「経済発展」路線と「大国」の責任のはざまで外交姿勢を模索する中国。本書はその行く末を見定める材料を提供する。

この人と一緒に考える

中国人との「関係」のつくりかた
中国人との「関係」のつくりかた 国内のビジネスマンを主対象に、中国人の関係の結び方を「グワンシ」というキーワードを用いて解説したもの。聞き慣れない概念だが、香港大学で教鞭を執るツェは、日本企業が中国進出に失敗する背景に、日本人のグワンシへの理解不足を指摘する。  グワンシとは、自分を中心とした同心円にもとづく人間関係を指す。部外者と身内を区別し後者を重んじる行動原理でもあり、人口の多い中国において特に経済的混乱が見られる際、資源の再配分に関わる機能を担う。このことは日本が集団(会社や社会)のルールを優先して個人的な人間関係を後回しにするのに対し、中国では後者を優先させ前者を後回しにするという相違点にも結び付く。以上の点を理解した上で日本企業が行うべきは中国人従業員との“対話”だという。従業員に中国企業との違いを根底の文化差から伝え、納得してもらうことが中国進出成功の鍵となるのだ。  グワンシについて学術研究を基盤としつつ、現状に即したアドバイスも交えたバランスの良い実践書である。
日本、買います 消えていく日本の国土
日本、買います 消えていく日本の国土 土地を獲得してはチャラになるということを四千年も繰り返してきた中国人は「土地と水に恋して」きた。それに応えた我が国の売国ビジネスマンが、中国人や韓国人に日本の国土を切り売りしている。全国の山林は国が把握している分だけでも、山手線内の半分強の面積が今や中国人などのものだし、農地、国境離島、軍用地までもが「幽霊地主」化され、中国・韓国人の土地となっている。日本人は済州島を買えないが、韓国人は対馬を買えるし、すでに買っている。それどころか彼ら外国人は、日本全土を無制限に買えるのだ。なぜなら「外資規制が皆無」だから。  こんな国は世界でも日本だけで、開かれた日本はこの先、中国人や韓国人に国土を虫食いにされ、やがて尖閣諸島や竹島の領土問題は、北海道や沖縄にまで踏み込まれるだろう。「投資目的は、ビンテージ・ウイスキーと一緒で、貯蓄の一種です」なんぞと、せこいレトリックで国土を飲み干されるその前に、土地の外資規制法規を制定しろ――と、著者は新たな国土防衛を訴える。
中国と茶碗と日本と
中国と茶碗と日本と 四川大学で日本文学を学び、さらなる日本文化研究のため来日した著者は、日本の日常に、古代中国に由来する慣習が息づいていることに驚く。  例えば正月に飲む「お屠蘇」。実は、中国ではそんな慣習は既に廃れ、屠蘇酒の名は、古代の漢詩のなかでしか見ることができないのだ。  著者は、まるで古代中国の夢に入り込んだような感覚を覚え、「日本のなかの古代中国」を探し求める。  しかし、同じ「昔の中国のもの」でも、茶の湯で使われる中国製陶磁器の良さが、著者にはわからない。派手さはなく、むしろ粗末に見える。中国の美意識では評価されないであろうそれらがなぜ日本でもてはやされ、一部のものは国宝にまでなったのか。  著者は日本と中国のさまざまな文献を調べつつ、その謎を解いてゆくのだが、その過程が実にエキサイティングである。  隣国の女性研究者の新鮮な目によって、改めて日本文化とは何かを突きつけられる作品である。
上海、かたつむりの家
上海、かたつむりの家 上海市は、中国の総面積の1%にも満たない小さな行政区だが、この街にうごめく約2500万人が、国の経済発展を強力に牽引している。  本書の登場人物たちもまた、上海の経済発展、経済格差と無縁ではいられない。10平米の超狭小アパートに夫と暮らす海萍(ハイピン)は、田舎の母に預けている我が子に他人と認識される一歩手前のところまで来て、慌てて不動産購入を決意する。親子愛を取り戻すためには「かたつむりの家」を出なくてはならないが、上昇し続ける不動産価格のせいで、頭金を貯めることさえ出来そうにない……。  妹への借金申し込みをきっかけに動き始めた物語が、国家レベルの汚職にまで繋がってゆく構成は、見事と言うほかなく、息もつかせぬクライマックスは、上質のエンターテインメント。金に殺される者と生かされる者、両者の分かれ目は、まさに紙一重だ。庶民だろうと官僚だろうと、堕ちる時は堕ちるという真理の中に、リアルな中国の「今」が匂い立ち、背筋に冷たいものが走る。
サイバー・テロ 日米vs.中国
サイバー・テロ 日米vs.中国 タイトルを見て、ネットワークのサイバー攻撃をエゲツなくやってくる中国に対して、日米が手を携えて対抗している、というような内容かと思ったら、中国もロも米もそれぞれやってるから日本も気をつけろ、という話だ。別に中国だけの話じゃない。太平洋戦争の頃は、ABCD包囲網なんていって補給路を断って日本を追い詰めたりした。そんなことは国家間の争いで相手をイヤな目に遭わせたいとなれば当然考えることで、現在は「ネットワークがいろんなものの生命線になってる」から、そこを狙うというのである。  「これが国家によるサイバー攻撃であろう」と思われるもの(国家はサイバー攻撃をやったと公式に言わないので、状況証拠だけで「たぶんやってる」と想像される事例)も紹介されていて、「ネットが切断されて全機能マヒ!」させられたらどれだけ困るかが縷々説明される。で、そのサイバー攻撃は、プログラムをうまいこと外部から操作して、ふつうの人がふつうの操作をしていると、知らないうちにアクセスが集中してシステムをダウンさせる、というような方法の攻撃らしい。  かみくだいて言えば「何万人という人の家の電話に、勝手に政府への問い合わせFAXを発信するプログラムを仕込み、そのために電話がパンク……」というような攻撃、というかイヤガラセというか。以前、宅八郎は一人でこれをやってたが、サイバーテロはこれをプログラムにより大量のマシンでやる。科学は進歩するなあ。  ネットがつながらないと確かに困る。私のようにレンコンのゆで時間を調べたり……というような下世話な話ではなく、もっと大金が動く銀行のオンラインとか重要情報がやりとりされる政府のオンラインとかが切断されて国家規模でたいへんなことになるのだ!と著者は警鐘を乱打している。中国に限らず、アメリカでもロシアでも韓国でもそのへんの個人でも、いつでも警戒しとけよ、ということだ。まずは自分のパソコンの管理をしっかりしとけと。
中国化する日本 日中「文明の衝突」一千年史
中国化する日本 日中「文明の衝突」一千年史 日本が中国化している。経済は中国依存だし(中国がくしゃみをすると、日本が風邪をひく)、尖閣問題をきっかけに中国が日本の領土を奪っていく……なーんて早合点してはいけない。若手歴史学者、與那覇潤が『中国化する日本』で述べているのは、日本社会の中国化である。中国政府とも中国共産党とも人民解放軍とも、まったく関係ない。  中国は世界でいちばん進んだ国だ、というのが著者の前提だ。宋の時代(960~1279)に貴族制を廃止し皇帝に権力を集中させた。官僚は科挙によって広く集める。経済は自由。  著者はあまり強調していないけど、科挙というものが鍵だったとぼくは思う。前科者など一部の例外を除いて誰でも受けられた、つまり人間の能力は平等で、努力の差が結果の差になる。難問奇問愚問のイメージもあるが、実際には考え方を問うものだったらしい。そこから科挙の合格者は頭がいいだけじゃなくて徳もある、となる。トップの皇帝は徳の体現者だ。  新自由主義経済の社会に似ている。勝ち組は努力したいい人で、負け組は怠け者のだめな人、と。  「中国」と正反対なのが「江戸」だ。江戸時代は身分制で階級移動をできなくし、ムラとイエで個人を縛った。不自由だけど、保護もされているので、現状維持で満足という人にはハッピーだった。  中世から現代まで、日本の歴史は中国化と再江戸時代化の両極のあいだを揺れ動いてきたと著者はいう。なるほど、こういう見方もあるのか、とエンタメ的におもしろい。異論反論もいろいろあるだろうが。  現代の日本社会が中国化しているというのはその通りだと思う。もうムラもイエもない。正規雇用労働者はどんどん減り、みんな流民のようになっていく。いくら「絆」だなんだと言っても、崩壊してしまったものの再現は難しい。  中国化は歴史の必然なのだろうか。中国でもなく江戸時代でもなく、という第三の道はないのか。

特集special feature

    黄金の少年、エメラルドの少女
    黄金の少年、エメラルドの少女 北京出身で、今やアメリカでもっとも優れた新鋭のひとりとして知られる女性作家の小説集。九つの短篇の大半は現代中国が舞台だ。  表題作では、母親の手で育てられた40代の男性と、父親しか知らない38歳の女性が気のりのしない見合い話に付き合う。中国では理想的な男女のことを「金童(ゴールド・ボーイ)」と「玉女(エメラルド・ガール)」と呼ぶが、適齢期を過ぎて独身の二人は、世間から見れば変人だ。だが、二人は独りきりの未来を受け入れ、人生に期待しなければ失望しないことを知ってしまっている。心を閉ざす者同士の哀しみはすぐに癒やされるものではないが、物語は、時の流れと他人の優しさが心の傷を癒やすことを暗示させる。  移住先のアメリカで一人娘を失った壮年の夫婦が、中国の辺鄙な山岳地帯で代理母を探す「獄」。適齢期になっても結婚しない子を持つ母親たちが不倫の探偵業に生きがいを見いだす「火宅」。愛の求め方と諦め方は独特だが、頑なに孤独を選んでいるようにも見える人々が社会の片隅に安らぎを得る姿がやさしい。

    カテゴリから探す