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M-1芸人のYouTube発ドキュメンタリー「エレパレ」がお笑いファン以外の心もつかむ理由
人気お笑いコンビと構成作家が実像に迫った「エレパレ」とは何だったのか(※写真はイメージです/GettyImages)
大島育宙(おおしま・やすおき)1992年東京都生まれ。東京大学法学部卒、同大学法科大学院在学中。タイタン所属のお笑いコンビ「XXCLUB(チョメチョメクラブ)」として活動する傍ら、映画やドラマのレビュー動画を配信するYouTubeチャンネル「コンテンツ全部見東大生」を運営。現在は構成作家・広告プランナーとしても活動中。
若手人気お笑いコンビ「ニューヨーク」の公式YouTubeチャンネルで、2時間超の長さにもかかわらず118万回以上再生されている(2021年3月3日現在)異例の動画がある。昨年11月に公開されたドキュメンタリー作品「ザ・エレクトリカルパレーズ」だ。この作品がお笑いファン以外にも広がりを見せ、人々を魅了するのはなぜなのか。東京大学法科大学院在学中の芸人・構成作家で、YouTubeチャンネル「コンテンツ全部見東大生」で映画やドラマのレビュー動画を配信しているXXCLUBの大島育宙(やすおき)さんが解説する。
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今「エレパレ」が熱い。
吉本興業の芸人養成所「NSC」について、お笑い芸人の若手時代のエピソードで耳にしたことがある人は多いだろう。しかし、その内情はほとんど知られていない。ちょうど10年前に在籍し、1年だけ存在した「ザ・エレクトリカルパレーズ」という謎の集団に迫った2時間超のドキュメンタリー映画がなんと今、YouTubeで全編公開されている。
芸を学び、切磋琢磨するために多額の学費を納めて通う養成所。そこで彼らはいわゆる「スクールカーストの1軍」を形成し、ひんしゅくを買っていたという。芸での評価が比較的高く、容姿も良い男子のみで徒党を組み、自分たちのテーマソングやオリジナルTシャツ、さらには指で形づくる「エレパレポーズ」まで作るなど、「イタい」集団として揶揄されていた一方、芸人志望の女子生徒たちをグルーピーのように引き連れていたことから同期の妬みも買っていたらしい。しかし、養成所を卒業してプロの芸人としてデビューした途端に彼らは姿を消す――。
「M-1グランプリ」で2年連続決勝進出、「キングオブコント2020」で準優勝しブレーク中のコンビ「ニューヨーク」がその真相に迫った。彼らもNSC出身だが、入所は「エレパレ」の代の2期先輩。2020年2月、コンビのYouTubeチャンネルでの生配信中、ボケの嶋佐和也氏が突然「エレパレ」という言葉を口にする。面白半分でメンバーを特定しようと後輩たちに尋問したが、「エレパレ」と同期のはずの芸人は皆不自然に口をつぐんだ、とツッコミの屋敷裕政氏も話を広げる。その場で初耳だったらしい、チャンネルの構成作家・奥田泰氏が強く食いつき取材企画がスタートした。
ニューヨークの2人が後輩たちにインタビューする様子を奥田氏がスマホ1台で撮影し続け、9カ月かけて完成したのが「ザ・エレクトリカルパレーズ」という作品だ。公開から3カ月を待たずに100万再生突破。中之島映画祭、ATP賞テレビグランプリドキュメンタリー部門に出品が決定したほか、ギャラクシー賞へのエントリーも計画されている。
作中では「ザ・エレクトリカルパレーズ」と胸に書かれたおそろいのTシャツが発見され、背中にプリントされた名簿からメンバーの特定に至る。どっぷり内部にいたメンバー、嫌々参加させられたメンバー、メンバーだったか定かではないメンバー。彼らを疎ましく思っていた芸人らの証言も折り重なって、決して一枚岩ではなかった謎の軍団の姿が玉虫色に浮かび上がっていく。名のある同期芸人の一部が不自然に登場しなかったり、最後まで姿を見せない空虚な中心が残るなど、生々しくザラッとした後味が残る。
意外なことに、映画を見終えたお笑いファンの多くが元「エレパレ」メンバーに好意的になる。芸人を引退した者、裏方業に転向した者も多いなか、今も芸人を続けるメンバーが賞レースや大型ネタ番組で活躍すると、SNSのタイムラインや動画のコメント欄に「エレパレで好きになりました!」「エレパレから応援してます!」の文字が躍るのだ。
佐久間宣行氏(「ゴッドタン」などの番組を手掛けるテレビ東京プロデューサー)が自身のラジオ番組で「趣味で毎年つけている年間コンテンツランキングで劇場版『鬼滅の刃』と同率の30位」と漏らしたり、蔦谷好位置氏(音楽プロデューサー)も「2020は『鬼滅』か『エレパレ』」とエレパレメンバーが作詞作曲したオリジナルソングをラジオで流すなど、業界人も熱く反応した。
エレパレはなぜこんなにも見る者を魅了するのか。
エレパレより10年以上先輩の芸人・レイザーラモンRG氏の反応にヒントがある。彼はもともとニューヨークチャンネルの愛好者で、公開直後にラジオで「エレパレ」をいち早く紹介。放送中にテーマソングをアカペラで熱唱し感涙しただけでなく、2020年末に放送されたTBS系「クイズ☆正解は一年後」にエレパレTシャツを着て出演し、カメラに向かって手で「エレパレポーズ」を見せつけた。コンビのYouTubeチャンネルでも熱く語ったRG氏だが、興味深いのは、エレパレ本体についての言及は動画の序盤で済まされ、残り時間の大半は「若い頃、自分たちにもエレパレのような時期があったな」という回想に割かれていたことだ。これが「エレパレ」の魔力なのだ。
映画の終盤、「黒幕」と祭り上げられた人物がニューヨークチームに反撃するスリリングな展開がある。「ニューヨークもエレパレですよ」。そう言ってニューヨークの二人をじっと見つめた彼は最後に一言「みんな、エレパレ」。それまで赤の他人の黒歴史をのぞき見する感覚で見ていた我々も同時に見つめ返される感覚に陥る。若気の至りで一軍を気取ってしまった経験のある人は多くないかもしれないが、「群れることで全能感に酔い、主人公になれた時期」と定義を拡張されると話は別だ。劇中ではあくまで芸人同士の丁々発止の言葉遊びとして処理されるが、鑑賞後にはリアルな感覚として尾を引く。幼年期、学生時代、職場、家族……人生のどこかに自分にとっての「エレパレ」があったのではないか……。我々はそれを懺悔のように語りたくなってしまう。
聞いたこともなかった「エレパレ」という固有名詞がたった2時間で一般名詞のように大きくなり、自分の人生の一部分を塗りつぶしてくる貴重な体験。「黒幕」役の人物の突出した言語化能力が遺憾なく発揮されるクライマックスだ(彼の前職も言語を扱う特殊な職業であることは示唆的だ)。「青春」とも「若気の至り」とも表現し切れない「エレパレ」という概念を知ってしまったが最後、もう戻れない。目を背けてきた、痛くも心地よかったおのおのの「あの時代」に無理やり引き戻される呪いのような映画だ。
芸人のYouTube発で普遍的な青春映画が誕生したことは異例だが、実はニューヨークとそのチームがこの傑作を生んだことについて、お笑いファンや芸人の間では納得の声が大きい。彼らは東京吉本の若手芸人がしのぎを削る渋谷のヨシモト∞(無限大)ホールのライブで史上最多のMC役を担当してきた。コンビのYouTubeでの企画も後輩芸人に兄貴分として接するものが多く、実際にこのチャンネルから人気を拡大した若手芸人は多い。2020年3月から新型コロナウイルスの影響で吉本興業の全劇場が無観客になってからは、日替わりで芸人を呼び長時間トークする配信を毎日続けた。ゲストのトークを引き出す2人の技術は若手随一の経験値に裏打ちされている。
ニューヨークというコンビの形容には「毒」という言葉が頻用されてきた。確かに賞レース決勝で披露されたネタは題材だけ見ても「マッチングアプリのラブソング」「自傷的な結婚式の余興」「任侠の些細なプライド」「軽犯罪」などいずれもブラック気味だが、その根底にある斜めの目線は人間愛と表裏一体だ。ツッコミの屋敷氏は無名の若手のYouTubeやラジオにまで幅広く精通しているだけでなく、恋愛リアリティー番組中毒であることも公言している。コンビ間の話題によく上るのも「ザ・ノンフィクション」や2000年代初頭の「マネーの虎」などのリアル志向の番組群だ。ちょっとだけ異常な人間を日常から切り取り、ボケの嶋佐氏が憑依型演技で誇張するのが彼らのスタイル。インタビュー内容は真実なのに、尋問のコントのようにも見える本作は彼らの真骨頂だ。
毒があるのに兄貴肌、そんな彼らに子分役はあまり似合わない。ゴールデン番組での露出が増えた彼らについてRG氏は「『ちょっと待ってくださいよ~』はやらなくていい」と指摘する。MCや先輩に可愛がられるために求められるバラエティー的振る舞いについてだ。
先日放送のテレビ朝日系「アメトーーク!」(2021年2月4日放送)で屋敷氏は、MCらのことを「中3」、若手の自分たちのことを「中1」とたとえて納得の笑いをかっさらった。芸人の出世ルートについて「上が詰まっている」「スターはもう生まれない」と言われて久しい。大物芸人にかみつくでも媚びるでもなく「視聴者から見たら全員中学生」と捉える冷静でありながら人間愛に溢れた視線。「エレパレ」が掘り下げるリアリティーが共感と熱狂を巻き起こしたゆえんはここにある。
究極にマニアックなようで、その実、万人に開かれた青春群像劇。人と人が会って話すこと自体が貴重になってしまい、芸人たちが表舞台に出る機会を減らした2020 年に、10年前の話をただただ会話で掘り下げ、振り返るドキュメンタリー映画が生まれたのは必然のようにも思える。コロナ禍のリアルな空気を刻んだ名作の一つとして語り継がれるに違いない。
(文/大島育宙)
大島育宙(おおしま・やすおき)
1992年東京都生まれ。東京大学法学部卒、同大学法科大学院在学中。タイタン所属のお笑いコンビ「XXCLUB(チョメチョメクラブ)」として活動する傍ら、映画やドラマのレビュー動画を配信するYouTubeチャンネル「コンテンツ全部見東大生」を運営。現在は構成作家・広告プランナーとしても活動中。
dot.
2021/03/09 11:32