延江浩
自死した加藤和彦さんをしのび…ラジオマン、“精神科医”きたやまおさむと語らう
延江浩(のぶえ・ひろし)/1958年、東京都生まれ。慶大卒。TFM「村上RADIO」ゼネラルプロデューサー。国文学研究資料館・文化庁共催「ないじぇる芸術共創ラボ」委員。小説現代新人賞、ABU(アジア太平洋放送連合)賞ドキュメンタリー部門グランプリ、日本放送文化大賞グランプリ、ギャラクシー大賞など受賞
永六輔氏が描いたきたやまおさむさんの似顔絵
TOKYO FMのラジオマン・延江浩さんが音楽とともに社会を語る、本誌連載「RADIO PA PA」。今回は、歌手であり精神科医でもある、きたやまおさむさんとの語らいについて。
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新型ウイルス感染が中国で確認されてから半年、「ソーシャルディスタンス」「3密」「自粛警察」と新しい言葉が次々に生まれ、ラジオ番組でもこれらの言葉が途切れることはない。これも社会が「ニューノーマル」=新しい日常に踏み出したことを示しているのだろう。だが生と死を絶えず考えざるを得なかった日々はつい数カ月前。東京でも感染は収まらず、予断が許されない状況が続く。
自らの言葉をメロディに乗せてきた作詞家のきたやまおさむさんに会ったのは志村けんさん逝去が伝えられた日だった。対岸の火事のように思っていたことが一気に身近になり、街が不気味な様相を見せ始め、何が本当で、嘘なのか? 何がしかのヒントを求めて、精神科医でもあるきたやまさんを訪ねたのだ。
1967年発売、ザ・フォーク・クルセダーズの『帰って来たヨッパライ』がオリコン初のミリオンセラー。きたやまさんは青山に住む。
「この地域で、ある施設(児童相談所)をめぐって、来るななんていう話があったけど、ここは心のありように関しては分け隔てのないところ。斎藤茂吉の青山脳病院があった、ある意味聖地のようなところです」
きたやまさんと散策したのは青山墓地。「最初の思い出は花見です。美しい桜の下を人間が通り抜けていく。こんなに巨大な墓場で宴会できるんだって」
ちょっとこちらの方にも行きますか? きたやまさんが示したのは奥まったところの小さなベンチ。桜は咲くが、人のいない場所だった。「ここは生きるか死ぬかを考えるのにすごくいい場所。僕は精神科医ですから、考える時にこの場所は大事なのです。人生の一コマ一コマは儚(はかな)い。儚いとは結果がないこと。人生の結末って見ることができない。消えた時には自分はいないのだから。フォークソングもそうだけど、歌は旅に関するものが多い。中島みゆきの『時代』、チューリップの『心の旅』と。でも辿り着いた歌はなかった。なんで到着したという歌はないのか? 到着した時は人は死んでいるから。歩いて、走って、語り合って。旅の途中の歌は多いけど、辿り着く歌はないんです」
生者と死者が混在する墓地での彼の言葉に大きな広がりを感じた。
「不幸なことは起きているけど、日常生活の灯が消えたら、今度は心の中の宇宙旅行に出かけられる。心の中には心の外と同じくらいのスペースが広がっているんです」
親友、加藤和彦さんと8時間かけて東京にギターを買いに来たこと、突如発売中止になった『イムジン河』のこと、空を見上げ、自ら命を絶ってしまった加藤和彦さんの人生に思いを馳せた。
神宮球場にも歩を進めた。墓地が生と死に思いを巡らせる場所なら、神宮はリアルな勝負の場所。少年時代からスワローズファンだったきたやまさんはミュージシャンの仕事になぞらえ、「試合がステージなら日常は楽屋。舞台と楽屋の行き来こそが“旅”。それを繰り返すことこそが面白さであり苦しみでもある」と。自由な外出が難しくなってしまうからこそ、自分の心に広がる世界を感じよう。そんな思いを語るきたやまさんだった。今後コロナの第2波、第3波が来るとも言われる。きたやまさんの言う「心の旅」を胸に大きな構えで過ごしていきたい。
※週刊朝日 2020年7月10日号
週刊朝日
2020/07/05 16:00