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大友博

大友博

プロフィール

大友博(おおともひろし)1953年東京都生まれ。早大卒。音楽ライター。会社員、雑誌編集者をへて84年からフリー。米英のロック、ブルース音楽を中心に執筆。並行して洋楽関連番組の構成も担当。ニール・ヤングには『グリーンデイル』映画版完成後、LAでインタビューしている。著書に、『エリック・クラプトン』(光文社新書)、『この50枚から始めるロック入門』(西田浩ほかとの共編著、中公新書ラクレ)など。dot.内の「Music Street」で現在「ディラン名盤20選」を連載中

大友博の記事一覧

第5回 ビーチ・ボーイズの『ペット・サウンズ』
第5回 ビーチ・ボーイズの『ペット・サウンズ』 ロサンゼルス国際空港の南東に位置するホウソーンで生まれたブライアン・ウィルソンが二人の弟、従兄弟のマイク・ラヴ、友人のアル・ジャーディンと結成したビーチ・ボーイズが、最初のシングル《サーフィン》を発表したのは、1961年暮れのこと。フォー・シーズンズ直系のコーラス・ワークと、ロックンロールの諸要素を融合させ、サーフィンやホットロッド、イノセントな恋心などをテーマにしたポップな歌の数々で新しい時代の扉を開き、一躍注目の存在となった彼らは、翌62年から63年にかけて7曲ものトップ40ヒットを放っている。
第4回 バッファロー・スプリングフィールドとザ・ドアーズの誕生
第4回 バッファロー・スプリングフィールドとザ・ドアーズの誕生 ザ・バーズ版《ミスタ・タンブリン・マン》が全米シングル・チャートでナンバー・ワンを記録したのは、1965年6月26日のこと。この少し前から彼らは、バンドとしての演奏力を高める目的もあってサンセット・ストリップ(ロサンゼルスの主要道路の一つ、サンセット・ブールヴァードのほぼ中心に位置する約2.5キロの区間)のクラブで連日ライヴを聞かせるようになり、その噂や評判が全国に広まっていった。言うまでもなく携帯電話も、メールやSNSもまったく想像もできなかった時代のことだが、それは、おそらく若干誇張されながらものすごい勢いで広まり、南部や東部、中西部、カナダで暮らす若者たちの心を刺激した。そして、そのうちの何人かは、ただ憧れるだけではなく、生まれ故郷での暮らしを捨て、ロサンゼルスを目指してしまったのだ。
第3回 バーズ版《ミスター・タンブリン・マン》の誕生
第3回 バーズ版《ミスター・タンブリン・マン》の誕生 ロサンゼルス国際空港の南東に位置するホウソーンで結成されたビーチ・ボーイズは、1962年から63年にかけて7曲のトップ40ヒット(アメリカでの一般的なヒットの指標。ビルボード誌のシングル・チャートで40位圏内まで入ったことを意味する)を放っている。この間にイギリスでは、ビートルズとローリング・ストーンズが相次いでデビュー。ブライアン・ウィルソンたちが《アイ・ゲット・アラウンド》で初の全米ナンバー・ワンを獲得した64年には、ビートルズのアメリカ進出という大きな事件もあった。ミネソタからニューヨークに向かい、グリニッジヴィレッジで経験を積んだボブ・ディランが、「フォークの旗手」として注目を集めるなか、すでに新たな一歩を踏み出そうとしていたことも忘れられない。時代が、大きく動きはじめていたのだ。
第1回 はじめに
第1回 はじめに ニール・ヤングとエリック・クラプトン。個人的にもさまざまな形で影響を与えられてきた二人のアーティスト(ともに1945年生まれ)の足跡を、ほぼアルバム制作順に追った計139本のコラムにつづいて、このWEB連載では、これから約20回にわたって、60年代初頭から70年代終盤にかけてカリフォルニア州ロサンゼルス周辺から届けられた、広い意味でのロックの名盤や名曲を紹介していく予定だ。
第65回 『ブルーノート・カフェ』ニール・ヤング
第65回 『ブルーノート・カフェ』ニール・ヤング 2015年11月半ば、ニール・ヤングは、06年ごろから熱心に取り組んできたアーカイヴ・シリーズのパフォーマンス編第11弾として『ブルーノート・カフェ』を発表している。アルバム『ディス・ノーツ・フォー・ユー』への着手と同時にスタートした1987年11月から翌年9月にかけてつづけられたニール・ヤング&ザ・ブルーノーツとのツアーをまとめたもので、2枚のディスクに21曲が収められている(+MCと歓声のパートが2トラック)。
第64回 『モンサント・イヤーズ』ニール・ヤング+プロミス・オブ・ザ・リアル
第64回 『モンサント・イヤーズ』ニール・ヤング+プロミス・オブ・ザ・リアル 具体的な事件や事柄をテーマに作品を創造しながら、そこに普遍性を持たせること。ロックにかぎらず、どんな分野でも、そういった才能や感性こそが、優れたアーティストの証といえるだろう。失恋でも、家族や友人の死でも、あるいは、出会いの喜びでも、それ自体をメロディや言葉にすることはそう難しくない。問題は、永遠性というか、どれほど多くの人たちが、彼らの生き方や考え方をそこに投影させ、そして共鳴できるか。そういうことなのではないだろうか。
第63回 『ストーリートーン』ニール・ヤング
第63回 『ストーリートーン』ニール・ヤング アナログ録音に徹底してこだわった『ア・レター・ホーム』からわずか半年後ということになる2014年秋、ニール・ヤングは、またまた、いかにも彼らしいこだわりを感じさせるアルバムを発表している。タイトルは『ストーリートーン』。ジャケットには、同時期に出版された『スペシャル・デラックス~ア・メモワール・オブ・ライフ&カーズ』で歴代の愛車の数々を自ら描いていたのと同じタッチのイラストが使われている。そこで描かれているのは、ニールが目指す究極のエコカー、リンクヴォルト。その脇に立つ男は、これまでの道程を振り返っているようでもあり、未来に想いを馳せているようでもある。
第75回 『ストーン・フリー:ア・トリビュート・トゥ・ジミ・ヘンドリックス』『ア・トリビュート・トゥ・カーティス・メイフィールド』エリック・クラプトン他
第75回 『ストーン・フリー:ア・トリビュート・トゥ・ジミ・ヘンドリックス』『ア・トリビュート・トゥ・カーティス・メイフィールド』エリック・クラプトン他 おそらく、1980年代後半にCDフォーマットが主流になってから定着した傾向だと思うのだが、ポピュラー音楽の世界ではこれまでに、さまざまな形態のトリビュート・アルバムが制作されてきた。「トリビュート」は「感謝や称賛の気持ちを伝えること」を意味する名詞であり、日本では「捧げる」という言葉が使われることが多いようだ。たとえば、本コラムですでに紹介したものだが、エリック・クラプトンが信頼する仲間たちに声をかけてJ.J.ケイルのためにつくり上げたアルバムには『J.J.ケイルに捧ぐ』という邦題がつくられている。
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