足立義則(あだち・よしのり)/NHK社会部、科学文化部の記者やデスクを経て現職。取材や番組制作とともにソーシャルリスニングチーム「SoLT」の運営、ウェブサイト制作やアプリ、ツール開発にあたる。VRやAIなどの導入も推進。
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 フェイクニュース対策=ファクトチェックは、英BBCなどで始まっているが、日本でもNHKが立ち上げたソーシャルリスニングチーム「SoLT(ソルト)」が活動している。その現況と課題とは。

●「フェイクに飲み込まれる」既存メディア

 NHKなど既存メディアのフェイクニュース対策の課題は、新たな取材分野への展開が遅れがちな体質と、ソーシャルメディアへの発信力の乏しさにあると感じています。

 世界を覆うフェイクニュースにどう向き合うかをテーマに、今年2月に2本の「クローズアップ現代+」を制作し、「ソーシャル分断社会」というサイトを開設して取材を続けていますが、そのなかでドイツのある地方紙の事例を見て、改めてそのことを感じました。

 2016年末にドイツの広場で行われた花火で年越しを祝うイベントの記事の動画が、無断でネットのニュースサイトに転載されたうえ、「シリア人が『アッラーは偉大なり』と叫び、教会に火がつく」という、まったく関係ない内容になっていました。その記事がアメリカのニュースサイト「ブライトバート」に転載されると、さらに過激に「1000人の暴徒が警察を襲撃、ドイツ最古の教会に放火」という、移民たちがIS(イスラム国)などの過激派組織と関連しているかのように書かれていました。しかしドイツ紙の記者は当初、「よくある移民排斥のプロパガンダだ」と考えて対処せず、その間に記事は世界中に拡散していきました。記者のもとに誤った記事を信じた人たちから、「なぜ移民の放火事件を隠したのか」など1000件を超える非難のメッセージが送られる事態になって、ようやく訂正と反論の記事を書きましたが、ドイツ語の記事はほとんどソーシャルで拡散せず、今も問題のフェイクニュース記事はネットに存在し拡散し続けています。

●きっかけは震災と原発事故

 ドイツ紙の事例は既存メディアのフェイク対応の感度の鈍さと、発信力の弱さを表していますが、それは日本のメディアにも当てはまります。私たちのチームは、ソーシャルメディアなどから事件・事故と災害の端緒や、ネット独自の流行などをキャッチして取材につなげるソーシャルリスニングチーム、通称「SoLT」を運営しており、そのなかでフェイク情報のチェック業務も毎日行って、ニュースにもつなげています。

 その活動のなかで、フェイク情報が拡散する要因のひとつには、情報の送り手(ここではメディア)と受け手との間に生じる「情報ニーズのミスマッチ」もあると感じています。視聴者や読者が必要としている情報を、メディアがきめ細かく伝えられていないということです。

 「SoLT」の活動のきっかけは、6年前の東日本大震災と東電福島第一原発事故でした。当時私は、報道局科学文化部の公式ツイッターを立ち上げ、ほぼ一人で「中の人」をしていましたが、立ち上げから約半年後に起きた未曾有の原発事故によって、発信するほぼすべての情報は、科学文化部の記者たちが出稿する原発事故関連のニュースになりました。

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