家族の平凡な日常を描いているだけなのに、先が気になる。奥田英朗の短編集『我が家のヒミツ』は『家日和』『我が家の問題』に続く人気シリーズの第3弾だ。
 平凡な日常といっても、本人にとっては重大問題。たとえば出世レース。入社以来のライバルだった同期の河島が次期営業局長に内定した。入社30年。営業部のエースとして最前線を走るも、最後の昇進レースに敗れた植村正雄(53歳)はおもしろくない。派閥作りに長けた河島。〈結局、役員たちは河島を選んだのである。これが一番のショックだ〉。役員への道も断たれ、転職するには遅すぎる。残るは総務局次長か子会社への出向か。で、彼の絶望を救ったものは?(「正雄の秋」)
 あるいは伴侶の死。母が急逝し、「おとうさんと二人きりはいや」という妹の頼みで実家に戻った社会人2年生の若林亨。3人は別々に食事をするような生活を続けていたが、父(56歳)のようすがどうもおかしい。ろくに食事も取らず一人のときは泣いてばかりいるようす。同僚は冷たい。案じてくれたのは意外にも父と同世代の上司たちだった。自身も妻を亡くした部長はいった。〈この歳になって伴侶を失うというのは、自分の人生の半分を失うのと一緒なんだよ〉(「手紙に乗せて」)
「妻と選挙」の主人公・大塚康夫(50歳)はN木賞を受賞した作家である。だが本は売れなくなっており、予定されていた連載小説も意見が合わず下ろされた。そんな折、妻(49歳)が市議会議員選に立候補するといいだした。康夫は反対するが……。
 職場でも家庭でも環境の変化に直面しやすい50代の男たちは(日頃虚勢を張ってるだけに?)傷つきやすい世代なのだ。〈自分が日陰にいるときは、妻に太陽を浴びてもらいたい。(略)夫婦はどちらかがよければ、ちゃんとしあわせでいられる〉とは妻への協力を決めた大塚康夫の心境。常に日向を歩いてきた夫たち。せめてこう思えるようになることが幸福への道かもしれない。

週刊朝日 2015年10月30日号