都内の病院で働く看護師の高橋紗穂は24歳。夜勤で病室を回っている最中に大きな揺れを感じ、気がつくと、そこは1944年8月のマニラだった! 藤岡陽子『晴れたらいいね』はここからはじまる、女性を主役にした異色の戦争小説だ。
 現代の若者が戦時中の日本にタイムスリップするというのは小説や映画でわりとよくある設定だけど、ここでは現代の看護師が日赤の従軍看護婦になっちゃうのだ。それも紗穂が働く病院に入院している95歳の雪野サエに乗り移る形で。
 主人公は後方を守る救護班ですからね。『永遠の0』みたいなヒロイズムも、血湧き肉躍る戦闘シーンもまったくない。雪野サエ(中身は高橋紗穂)たちに課せられた任務は、包帯の洗濯、重症患者を収容した隔離病棟での排泄の世話、負傷者の手当て、死んだ兵士の遺品の整理、防空壕への患者の移送……。
 だが、本当の苦労がはじまったのは、バギオへの突然の異動を命じられてからだった。設定は荒唐無稽だが、戦地の描写はシリアスで、夜間の行軍を描いたくだりなど、ちょっと大岡昇平を読んでる気分。
 そんな重苦しさを救うのが、いわゆる「白衣の天使」のイメージには収まらない看護婦たちの溌剌とした姿である。〈どうしてそんなに人のために尽くせるの?〉と問うサエ(紗穂)に仲良しの美津は〈怒っているからよ〉と答える。〈私は心底この戦争を憎んでいるの〉。一方、自決用の手榴弾の使い方を指導する上官に、サエ(紗穂)は断固として逆らうのだ。〈私は、自決なんて絶対にしません。命が尽きる最期まで、自分の命を守りますよ。敵が目前に迫っているのなら降伏します〉
 サエ(紗穂)の唯一の強みは戦争が終わる日を知っていること。彼女らはその日まで生き延びることができるのか。作者は現役の看護師でもあり、丹念に調べられた細部はリアル。映像化されないかしら。主題歌はもちろん、彼女たちが行軍中に歌うドリカムのあの名曲だ。

週刊朝日 2015年8月7日号