昨年は札幌のアテネ書房や神戸の海文堂など、長く親しまれた老舗書店がいくつも閉店した。閉店にいたった理由は複雑だが、そのひとつがネット書店の台頭にあることは間違いない。大都市に巨大書店が増えた背景にも、ネット書店の品ぞろえへの対抗がある。ネット書店の登場は本の世界を一変させた。
『ジェフ・ベゾス 果てなき野望』は、ネット書店の代名詞ともいうべきアマゾン創業者の本格的評伝である。著者のブラッド・ストーンはアメリカのビジネス誌のベテラン記者。
 ベゾスは根っからの書店人ではない。もともとは金融界にいた人で、ネットを使ったビジネスを思いつき、その手始めに本をあつかったにすぎない。もっとも、だからといって書物に愛情も理解もない人間だと断じるのは早計だろう。彼の決断にはカズオ・イシグロの小説『日の名残り』が関係していたし、ある人がベゾスにびっしり書き込みされている自著を見るシーンも本書にある。まあ、巻末付録のベゾス愛読書リストにはビジネス書が多いけれど。
 ベゾスは猛烈に働く人だ。部下に求めるものは大きく、応えられなければ罵詈雑言を浴びせる。現場の仕事はきつく、待遇もよくない。ブラック企業の典型のような会社だ。最も上司にしたくないタイプかもしれない。
 ベゾスはひたすら会社を大きくしていくのだが、そのとき掲げるのは顧客第一である。取引先を絞り上げるのも、競争相手を潰すのも、すべては顧客のため。社員が使う経費も、それが顧客のためにならないのであれば認めない。
 この勢いで攻め込まれたら、ひ弱な日本の書店界などひとたまりもないな、と思う。それと同時に、こういうエネルギッシュな人間が出てこないところに、日本の出版界の問題があるのかも、とも。
 ぼくはこの本をアマゾンの電子書籍リーダー、キンドルで読んだ。ぼくの読書生活もかなりアマゾンに侵食されている。

週刊朝日 2014年2月7日号