――今までも野球界、スポーツ界にスーパースターはいましたが、ここまで万人に愛された選手は珍しいかもしれません。

大谷選手は他のことに目をくれずに野球一筋という印象を抱いている人が多いと思います。良しあしは別として、異性関係のスキャンダルが報じられない。日本人は道徳的な人が多いのでクリーンなイメージは女性ファンがつきやすいと思います。メディア取材も遠ざけている感じがしないし、インタビューにも丁寧に答えて壁を作らない。また、話すスピードが速くも遅くもない。話すスピードが速い人は、有能で頭の回転が速いイメージがある一方で、周りを萎縮させてしまうケースがある。大谷選手はちょうどいいスピードで話すので親しみやすいというのがある。この親しみやすさというのが重要なポイントです。

――「親しみやすさ」についてもう少し詳しく教えてください

さきほど話したように、活躍すると人気者になりやすいのが基本ですが、活躍しているからイコールで多くの人に愛される人気者になるわけではありません。例えばコンビニで食べ物を買う時に、味以外にそのパッケージ、大きさなども考えて購入すると思います。心理学の世界で、『中心ルートと周辺ルート』という言い方をするのですが、この場合は中心ルートが味、周辺ルートがパッケージ、大きさになります。周辺ルートに魅力がなければ、消費者は物を購入しない。プロ野球選手でいえば、中心ルートが勝ち星、打率などの成績、周辺ルートはその人の性格、周りが抱く印象になります。大谷選手は中心ルートだけでなく、この周辺ルートの魅力も高い。誠実で謙虚な振る舞い、周囲への感謝を忘れず、プライベートで印象を落とすような情報がない。エンゼルスでホームランを打った後に兜をかぶったり、親しみやすい。スーパースターが親しみやすいということに希少価値があると思います。

――異次元の活躍をみせながら親しみやすいスーパースターである一方、WBCの決勝・米国戦前のかけ声では「憧れるのをやめましょう」と空気を引き締めたリーダーシップも印象的でした。

フロー理論と呼ばれる概念があるのですが、人間が一番力を発揮できるのは、『頑張れば、なんとかなる』という目標値を設定した時です。例えば、高校生が小学生と野球の試合をしたら簡単に勝てるので面白くない。プロ野球選手と対戦しても実力差が大きいので心が折れてしまう。力が拮抗した高校生同士で対戦するのが面白い。大谷選手がフロー理論を理解しているかどうか分かりませんが、あの試合前の円陣で、このメッセージを伝えた方がいいと本能的に感じたのでしょう。米国に敬意を払って萎縮してしまうのではなく、選手たちがパフォーマンスを発揮させるように認知を変化させた。頑張れば、何とかなるという意識になればものすごい集中力が発揮できる。この意識づけをしたことはすごいなと感じました。

――大谷選手の振る舞いから私たちが学べることはあるでしょうか。

あの笑顔ですね。笑う門には福来ると言いますが、笑顔は万能薬です。1つのことを好きになって全力でやると心理的に楽しくなり、周りにもいい影響を与える。一生懸命やって楽しむことの素晴らしさを大谷選手は身をもって、私たちに教えてくれているような気がします。

(今川秀悟)