都道府県別の冬季死亡増加率。資料は慶應義塾大学理工学部の伊香賀俊治教授提供
都道府県別の冬季死亡増加率。資料は慶應義塾大学理工学部の伊香賀俊治教授提供

 室温と健康リスクについて、研究をリードしてきたのはイギリスである。19世紀から室内の温度を適切に保つことが健康維持にとって重要であることが認識され、18度を「室内最低推奨温度」としてきた。それが2018年、WHOのガイドラインにも盛り込まれた。

 WHOは冬季の室温18度以上を強く勧告しているが、これを余裕でクリアしているのは日本では北海道しかない。

 国土交通省の統計によると、全国には約5000万戸(空き家を除く)の住宅がある。それを断熱性能でみると、断熱等性能等級1と2の「低断熱住宅」が全体の65%を占め、等級4(現行の新築住宅の最低基準)の住宅は13%しかない(2019年度)。

 伊香賀教授らが全国2190戸の住宅の室温を詳しく調べたところ、就寝中の寝室の平均室温は12.8度で、18度以上の住宅はわずか10%しかなかった。

■平均寿命50歳時代の思想が今も

 なぜ、日本の住宅はこれほど寒いのか?

「建築関係者がよく口にすることですが、吉田兼好は『徒然草』にこう書いています。『家の作りやうは夏をむねとすべし 冬はいかなる所にも住まる』。つまり、高温多湿になる夏を快適に過ごすことを基準にした家づくり、という考え方が日本には伝統的にあった。多くの人がそんな住環境で生まれ育ってきたものですから、それが当たり前、という意識がずっと続いてきた」

 最近、冬の室温が問題視されるようになった背景には、日本社会の高齢化がある。

 戦前まで、日本人の平均寿命は50歳以下だった。しかし、今は「人生100年時代」である。

「要は、これまでの住宅では、高齢者は寒さに耐えられない。肺炎や脳卒中、心筋梗塞になりやすい65歳以上の高齢者が人口の約3割を占める現代では吉田兼好の言葉はもう通用しない、ということです」

 住環境の寒さが及ぼす悪影響は高齢者になるほど顕著に表れる。わかりやすいのが血圧だ。

 起床時の最高血圧をみると、典型的な生活習慣の30歳男性は室温20度で最低の116ミリHgとなる。これが10度低下すると、血圧は3.8ミリHg上昇する。

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暖かい家は脳が“縮まない”