オリンピックの開催延期が決まった時期、彼女はCAの仕事から新たな活躍の場を求めて転職をした。お客さまの感謝を引き出す「接遇」というこれまでの経験を若い人たちに伝え、「接遇のプロチームを育てる仕事」に就くためだった。

 転職先は、地方都市の化粧品販売会社。仕事の内容は「販売員への教育係」だった。前職より年収は下がるものの、接遇のプロチームを育てるという志の実現には、うってつけの仕事だと思った。また、地方に拠点がある企業を選んだことも、無意識ではあったが、これまでの私生活の思い出を断ち切るには好都合だと思えた。

 社長の多田美代子(49歳=仮名=)は父親の会社を受け継ぎ、外食のフランチャイズやガソリンスタンドなど、他業種にも手広く展開するやり手として地元では有名な経営者だった。

「ヒトの気持ちがわからない人は駄目なのよ。あなたには、販売員たちのやる気をつかんで能力を引き上げて欲しいの」

 採用面接での社長のこの言葉に、真木さんは「ようやく理想的な職場に巡り合えた」と感じた。また、これまでの大企業と違って、決定権者との距離も近いことから、多くの裁量を持たせてもらえる可能性があることも転職を決めた理由だった。

■やっと手に入れた「やりがい」

 転職1カ月後までは、本当に理想的な日々が続いた。

 真木さんが指導するのは、販売員として量販店やドラッグストアに派遣され、顧客の肌の状態や志向に合わせて化粧品や健康食品を勧める社員たち。そんな販売員を見る客の目は厳しく、言葉遣いや立ち居振る舞いも評価される。美を売る前に、「あなたたち自身のマナーはどうなのだ」と冷ややかに見られてしまうのだ。

 真木さんは、各店舗を巡回し、それまでCAとして培った経験やスキルを惜しげもなく教えた。マナーのみならず、疲れない立ち方やクレームへの応対など、伝えれば伝えるほどそれまで学ぶ機会が与えられなかった販売員たちは吸収していった。

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オーナー社長一家の「公私混同」