一方のジュビロ磐田。ヤマハ発動機サッカー部を前身に1994年にJ参戦。すでに代表入りしていた中山雅史に加え、1994年に藤田俊哉、田中誠、奥大介、服部年宏、1995年に名波浩、福西崇史、1998年には高原直泰がチームに加入。現役のブラジル代表のメンバーだったMFドゥンガが在籍した中で圧倒的な強さを誇るようになった。1997年のセカンドステージ優勝から年間王者に輝いたのを含め、2002年までの6年間で6度のステージ優勝と3度の年間王者に輝くなど黄金期を謳歌。特に2002年はファースト、セカンドステージでともに優勝し、Jリーグ史上初の完全優勝クラブとなった。その後もしばらくは上位争いを続けていたが、2008年以降は6年間でひとケタ順位は2011年(8位)のみ。戦力低下が続いた中、2013年にはついにJ2降格となった。その後、指揮官となったOBの名波監督のもとで2年でのJ1復帰を果たして2017年には6位と健闘したが、2018年に16位と再び低迷し、2019年に18位となって2度目のJ2降格となった。

 そして再びJ2での2年間を経て舞い戻ってきた今季、司令塔MF遠藤保仁を中盤に据えたパスサッカーの継続を志して開幕4試合で1勝2分1敗と昇格チームとしてはまずまずのスタートを切った。だが、勢いは継続せず、7月に入って4試合連続無得点での4連敗を喫して最下位転落となった。それでも我慢強く戦い、今夏の補強はDF松原后のみとなったが、再開後初戦となった湘南戦ではボールを保持しながら守備の激しさも見せて1対0の完封勝利。「アグレッシブに背後を取りに行ったり、球際の部分だったり、走ったりという根本的なところ。相手の嫌なところでプレーする、戦うという姿勢を全員で意識して取り組んだ結果が勝利に結びついた」と決勝ゴールの金子翔太。今季からチームを指揮する伊藤彰監督のもとでチームの一体感は失われておらず、今後に向けて期待できる要素も出てきた。

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静岡の2チームはJ1にとどまれるのか?