戦力外の後に“現役続行”表明も…「引退宣言せず」プロ野球界から去った男たち

戦力外

2021/11/02 18:00

DeNA時代の中村紀洋 (c)朝日新聞社
DeNA時代の中村紀洋 (c)朝日新聞社

 プロ野球界では、1軍で活躍し、ある程度名を残した選手は、正式に引退を宣言するパターンが、ほぼお約束だ。

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 その一方で、実績は十分でも、引退を口にすることなく、所属チームを退団後、どのチームにも所属していないのに、“現役”という形をとり続ける選手もいる。

 代表的な一人が、近鉄をはじめ日米6球団でプレーし、NPB史上43人目の通算2000本安打を達成した中村紀洋だ。

 中村が球界を去るきっかけとなった事件が起きたのは、DeNA時代の2014年5月6日の巨人戦だった。

 2対1の8回無死一塁で打席に立った中村は、一塁走者の梶谷隆幸が二塁をうかがう動作が気になって打席に集中できず、三ゴロ併殺に倒れた。

 試合後、中村は「負けている場面なら(二盗も)わかるが、ここは集中したかった」とコーチに訴え、これが采配批判と受け取られた。ベンチが梶谷に「自身の判断で盗塁してもよい」と指示していたからだ。

 中村は2年前にも、ベンチの「フリーで走ってよい」の指示で二盗した内村賢介を「なぜ盗塁するのか」と非難する事件を起こしており、たとえ4番打者でも、2度にわたるチーム方針への反抗は許されなかった。

 翌日2軍落ちした中村は、そのままシーズン終了まで1軍に呼ばれることなく、自由契約になった。

 当時41歳の中村は「まだまだできる自信がある」と現役続行を希望し、他球団のオファーを待ったが、翌年7月の支配下登録期限までNPB所属チームから声はかからなかった。

 だが、中村は「まだまだチャレンジを楽しんで続けるとあきらめずに常に挑戦する」と“生涯現役”を明言。イベント出演や中学・高校野球の指導者という形で野球人を続け、来季は中日の立浪和義新監督の要請を受け、打撃コーチに就任することが報じられている。

 今年6月、関西テレビのバラエティ番組「こやぶるSPORTS超」に出演した中村は「引退って自分で言う必要があるのかどうかって葛藤があって。わざわざ引退しましたって報告する義務もないやろうし。引退は死んだとき。死ねば引退だと。自分の中で生涯現役。体が動くうちはチャレンジしつづけることが、本来の生き方かなと思います」と語っている。

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引退後も“ストイックさ”消えなかった男も

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