■煉獄杏寿郎が見た夢

 魘夢は「幸せな夢を見せた後で 悪夢を見せてやるのが好きなんだ」と言っているように、まずは「幸せな夢」を見せて敵の油断を誘う。したがって、煉獄や炭治郎たちに見せた夢は「幸せな夢」のはずだ。

 しかし、煉獄杏寿郎が見た夢は、「幸せな夢」とは言いがたい。冒頭の鬼2体を倒し、後輩剣士たちに慕われる夢は、煉獄が日常的に体験していることだ。さらに、その後、煉獄が見たのは、炎柱就任という誉れ高い日に、父からそれを罵倒される場面、それを知った弟が涙する場面だった。

 煉獄が見た夢は、過去に実際にあった出来事を元にした“現実”そのものであった。

■煉獄杏寿郎は幸せだったのか?

 煉獄が父に炎柱就任を伝えに行った時、父は息子の顔すら見ようとせず、「柱になったから何だ くだらん…どうでもいい」と言い捨てた。煉獄は驚きと悲しさをにじませながら、自分の心を立て直すために「考えても仕方がないことは考えるな」と自分に言い聞かせていた。

 そんな父の態度と兄の我慢を目の当たりにして、弟・千寿郎(せんじゅろう)は大粒の涙を落とす。煉獄は弟を優しく抱き寄せてこう語りかけた。

<頑張ろう! 頑張って生きて行こう! 寂しくとも!>(煉獄杏寿郎/7巻・第55話「無限夢列車」)

 多くの人の命を救い、その身をか弱き人たちのためにささげた炎柱・煉獄杏寿郎は「寂しかった」。その寂しさ、悲しさを父に打ち明けられぬまま、煉獄は20歳という若さで、一般市民と後輩の盾となり、その命を落とした。

■“強い炎柱”が残したもの

 煉獄杏寿郎は鬼殺隊「柱」として、その場にいたすべての人を守りきった。自分の命と引きかえに。煉獄は死の直前に、炭治郎たち後輩剣士にこんな言葉を残していた。

<柱ならば誰であっても同じことをする 若い芽は摘ませない><今度は君たちが鬼殺隊を支える柱となるのだ 俺は信じる 君たちを信じる>(煉獄杏寿郎/8巻・第66話「黎明に散る」)

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最期に見せた「生きざま」