アニメの「聖地巡礼」など、日本のコンテンツツーリズム研究の第一人者として知られる法政大学の増淵敏之教授(63)が『白球の「物語」を巡る旅』(大月書店)を出版した。日本や台湾など各地に残る野球にまつわる史跡を訪れ、地域と野球の結びつきを考察した、いわば「球史聖地巡礼の旅」の記録だ。「聖地巡礼」とはドラマや映画、アニメなどの舞台をファンが訪問する行動を指す。増淵氏は自分の足でかつての野球人の足跡やゆかりある土地を訪ね歩いたことで、野球という「文化コンテンツ」の奥深さを改めて認識することができたという。増淵氏に、同著に込めた思いを聞いた。

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増淵:戦前に海外から日本にもたらされたスポーツは、一度漢字の競技名が与えられた後、戦後にカタカナ表記に改められました。「蹴球」はサッカー、「排球」はバレーボール、「篭球」はバスケットボールといった具合です。しかし野球だけはベースボールとは呼ばれず、現在も「野球」として国民的スポーツとして愛されています。

――それは何を意味しているのでしょうか。

増淵:戦後、日本独自の文化と深く融合し、「野球」という日本固有の文化になったとみていいでしょう。

 日本は外来文化を自国の規範や慣習に合わせて、カスタマイズする能力にたけています。例えば「おにぎり」。米は中国を通じて日本に広がりましたが、中国ではおにぎりは一般的ではありません。中国にはそもそも冷や飯を食べる習慣がありませんから。日本人は米をおにぎりという独自の食文化にカスタマイズしたんです。ラーメンも同様ですね。幕末から明治にかけて港町に出現した中華料理店から全国に浸透したといわれるラーメンにチャーシュー、メンマ、味付け卵などがトッピングされ、現在では地域、店舗ごとにバリエーション豊かな日本文化として発達しました。

 日本人の感覚に合わせたカスタマイズ、これが重要だったんです。日本のサブカルチャーやアニメも同様なのですが、野球もこの文脈で捉えることができると考えました。ベースボールではなく、あくまでも「野球」。戦後、横文字になった他のスポーツとは発展過程が違うはずです。だからこそ、今や野球は日本の風俗のマストアイテムとなり、日本人の生活を彩る存在にまでなりました。世界には類をみない野球マンガというジャンルが確立していることからもそれは明らかです。野球というスポーツが特定の地域で文化基盤の形成に寄与していることに注目し、野球の「聖地」を巡ってみようと考えたのです。

――プロ野球はファンと地域がとても密着しており、学生野球も選手の家族やOBなど地域ぐるみで応援をします。地域のコミュニティーが野球を支えてきた側面は強そうです。

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野球と「地域」の濃密なつながり