増淵:もちろん、地域とのつながりは野球だけではなく、スポーツ全般にいえます。それがローカルアイデンティティー(地域への帰属意識)やシビックプライド(都市に対する誇り)の醸成にもつながったわけです。市民が地域のチームを応援するのは郷土愛の発露であり、ある意味当然のことです。ただ、野球の場合は、優秀な選手は他県からの留学生だったり、逆に地方から東京の野球強豪校に進学したりする場合も多いですよね。それでも母校愛に支えられたコミュニティーは存在するし、地域との関わりも濃く残っています。

 高校野球にも大学野球にもこのシステムは一定程度、確立されています。プロ野球でも野球協約において「プロ野球地域保護権」が認められています。これは、地域内では自分たちの球団主催の野球イベントを排他的に行って、利益を得ることができるという権利です。いわば営利目的の色合いが強い地域フランチャイズなのですが、地域との密接な関係がプロ野球の基盤に存在するということです。地域という基盤あっての野球と捉えてもいいわけです。

――増淵さんは約1年をかけて北海道から沖縄まで日本を横断し、野球の「聖地」を巡りました。また中国の大連や台湾など、旧日本統治下にあった都市にも足を向けました。この「野球聖地巡礼の旅」も、増淵さんが専門とするコンテンツツーリズムとして捉えられるのでしょうか。

増淵:コンテンツツーリズムは一種の文化観光であり、また作品世界への共感によって生じる観光行動です。その意味では、今回の旅も野球を文化、コンテンツとしてとらえたコンテンツツーリズムと言えると思います。日本全国で野球にまつわる物語が醸成され、そこには数多くの人々の関与がありました。野球の「聖地」はこの物語の醸成の先に生まれます。球場、記念碑、墓碑……野球を巡る旅は私に大きな知見を与えてくれました。それは野球にまつわる物語の確認であると同時に、海外から持ち込まれた「ベースボール」が、どのような過程を経て「野球」という独自性を獲得していくのかを把握していく作業でもありました。この本を通して、野球ファンに聖地を巡るおもしろさが伝われば幸いです。(AERA dot.編集部)

◎増淵敏之(ますぶち・としゆき)
1957年生まれ。札幌市生まれ。明治大学文学部卒業後、エフエム北海道、東芝EMI(現EMIミュージックジャパン)、ソニー・ミュージックエンタテインメントに勤務。2008年より法政大学大学院教授。現在は同大学院政策創造研究科教授、同研究科長を務める。また、法政大学地域創造システム研究所所長、駒澤大学GMS学部非常勤講師、コンテンツツーリズム学会会長なども歴任。音楽、映像関係の企画、まちおこしのアドバイザーなども積極的に行い、コンテンツツーリズム研究の第一人者として活躍している。