浦和南、武南、帝京…高校サッカー「古豪」の今 復活の予感あるチームも (1/3) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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浦和南、武南、帝京…高校サッカー「古豪」の今 復活の予感あるチームも

石黒登dot.
かつて全国高等学校サッカー選手権大会の準決勝、決勝が行われていた旧国立競技場 (c)朝日新聞社

かつて全国高等学校サッカー選手権大会の準決勝、決勝が行われていた旧国立競技場 (c)朝日新聞社

 筆者は埼玉県出身ということもあり、埼玉の高校サッカーを見る機会が多いが、「古豪」というと切って離せないのが、浦和勢だ。1950年代前半には全国高等学校蹴球選手権大会(現在の全国高等学校サッカー選手権大会)で浦和高校が3度の優勝を飾ると、1956年には浦和西高校がそれに続いた。

 ちなみに浦和西は元日本代表監督で現・タイ代表監督である西野朗氏の出身校。同氏の代は全国ベスト8だった。その後も浦和市立高校(現・市立浦和高校)が4度、浦和南高校が3度の優勝。1951年から1976年にかけての26大会はこの4校で11度の全国制覇を飾るなど、まさに「浦和の時代」だった。

 現在も浦和勢を中心に埼玉の公立高校は高い競争力を誇っているが、その中でも存在感を放っているのが浦和南だ。故・松本暁司監督に率いられたチームは1967年に地元開催の国体(現在は選抜チームによって出場)を制し全国初制覇。そして1969年には2年生ストライカー永井良和(元古河電工)を擁し、総体、国体、選手権を制して史上初の高校三冠を成し遂げ、それをもとにした梶原一騎原作の「赤き血のイレブン」は漫画、アニメ化もされた。1975年、1976年には選手権連覇も達成。1975年の主将は現・日本サッカー協会会長の田嶋幸三氏。全国高校選手権ファイナルで決めた決勝ゴールの大きな写真パネルはいまもグラウンドに向かう現役の選手たちを送り出している。1976年の主力は水沼貴史氏だった。

 その後も埼玉のサッカーシーンを引っ張ってきた浦和南だが、私学の台頭や公立校で選手を集められない事情もあり、タイトルからは2001年度の選手権予選を最後に遠ざかることとなる。そういった中で2013年に母校の再建を託されたのが強かった時代を知る野崎正治監督。浦和東高校を強豪校に押し上げ、日本代表GK川島永嗣(ストラスブール)などを育てた同氏は、選手たちを鍛え上げながら、恩師である松本先生の教えを継承し、「南高魂(なんこうだましい)」を植え付けた。


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