メンバー殆ど“未来のプロ”! 超豪華な顔ぶれだった高校サッカーのチームは? (2/3) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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メンバー殆ど“未来のプロ”! 超豪華な顔ぶれだった高校サッカーのチームは?

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2000年の国見は大久保嘉人らプロ選手が7人誕生した (c)朝日新聞社

2000年の国見は大久保嘉人らプロ選手が7人誕生した (c)朝日新聞社

 その“最強清商”が達成できかった高校3冠を史上初めて達成したチームが、1997年度の東福岡(福岡)だった。システムは4-3-3。DFラインは主将の手島和希(3年→横浜F)、金古聖司(2年→鹿島)、千代反田充(2年→筑波大→福岡)と実力者を揃え、攻撃陣では背番号10を背負った本山雅志(3年→鹿島)が切れ味鋭いドリブルと意外性のあるパスで相手守備網に穴をあけ、その横で宮原裕司(2年→名古屋)が次々とパスを供給。そして左サイドからは古賀誠史(3年→横浜M)が破壊力抜群の左足キックで相手ゴールを陥れた。完成度が高くスピーディーな攻撃で得点を量産し、最後は雪の国立での死闘を制して3冠を達成し、公式戦52試合無敗(50勝2分け)で有終の美。チームのレギュラー11人中6人がJリーガーとなった。

 名将・小嶺忠敏監督が作り上げた国見(長崎)もプロ予備軍の集まりだった。2000年度のチームは、のちに日本代表として2度のW杯出場、J史上初の3年連続得点王に輝いた大久保嘉人(3年→C大阪)がエースとして圧倒的な存在感を示し、驚異的なスピードを誇った快足FW松橋章太(3年→大分)もゴールを量産。中盤には川田和宏(3年→福岡大→大分)、蒲原達也(2年→国士舘大→鳥栖)がおり、左サイドは片山奨典(2年→国士舘大→名古屋)が突破。最終ラインは、各世代の代表で活躍してJ1、J2通算464試合に出場した徳永悠平(2年→早稲田大→FC東京)が締め、GK徳重健太(2年→浦和)がゴールマウスに鍵をかけた。彼らが豊富な運動量と闘志あふれるプレーで相手をねじ伏せ、インターハイと選手権を制覇。このチームから7人がJリーガーとなった。

 国見と同時に一時代を築いたのが、市立船橋(千葉)だ。一貫した4-4-2のシステムで堅守を誇り、数多くのJリーガーを輩出。選手権初優勝を果たした1994年度のチームには、森崎嘉之(3年→市原)、北嶋秀朗(1年→柏)の2人のFWに加え、中盤にはJ1、J2通算495試合出場することになる司令塔・砂川誠(3年→柏)と式田高義(2年→市原)。さらにDF陣の鈴木和裕(3年→市原)、茶野隆行(3年→市原)、城定信次(2年→浦和)、松森亮(2年→磐田)という守備陣も加え、計8人がJ入りした。


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