「エコカイロ」は、近年、酢酸ナトリウムを含む酢酸水溶液に、コイン状の金属片を封入したビニールパックとして売られています。内封の金属片で刺激すると結晶化し、約50度前後の発熱を1時間ほど持続します。放熱後は熱湯に入れ吸熱させることで結晶を溶かし、繰り返し使用が可能です。

 これは溶液が溶解度以上の濃度である過飽和状態にあっても、しかも凝固点が室内温度以上かつ過冷却時(凝固点以下の温度)にあっても凝固しにくい極めて安定な酢酸ナトリウムの性質を活かしたものです。過冷却時に何らかの刺激(振動など)を加えると結晶化が始まり、その時に発生する凝固熱を利用した製品です。化学物質の性質をうまく利用したカイロと言えます。

■なぜ生活の中の化学を題材にしないのか? 丸暗記受験の弊害

 上述のように、カイロ一つとっても化学と密接に関係していることが分かります。身の回りには化学製品や化学物質で溢れていますが、化学のことは、さて置き、使えれば良しとする考え方がはびこっています。身の回りの生活と化学が乖離しています。

 カイロに限らず、身の回りの生活に関する化学を題材とする大学入試問題はほとんど出題されません。出題されるのは、相変わらずの暗記問題、教科書に書いてある断片的な内容に限られていると言っても過言ではありません。せっかく暗記しても入試が終わるとすぐに忘れてしまうのでは大きな問題です。

 鉄に関して言えば、「次の鉄の化合物の酸化数はいくつか」、「色は何色か」、「イオン化傾向の高い順に並べなさい」等、また、ありきたりの計算問題などと、化学的な意味を理解しなくても暗記すれば点が取れる仕組みの出題が未だに多く見られます。

 高等学校の化学教育受験のための化学、これは言いすぎなのかもしれませんが、断片的な知識を詰め込むことに汲々としているように思います。身の回りの生活との関係でそれぞれ断片的な知識がつながっていることを教えるべきでしょう。そのためには、大学入試問題の出し方を考えなければなりません。

 もっと身の回りの生活を題材にして関連性を考えさせる出題が求められます。前述の錆、使い捨てカイロ、脱酸素剤に関連して、共通している化学的事実を記述させる出題は可能でしょう。記述式は採点が難しいと敬遠されがちですが、大学入試改革には必要です。また、前述の過飽和状態や過冷却状態は溶液や溶解度の項で用語として勉強しますが、身の回りの現象としての関連性がイメージできていないのは化学教育の欠陥と言えるかもしれません。このことは、前述以外の例が数多くありますが割愛します。

 大学入試改革が叫ばれて久しいのですが、いっこうに進展がありません。長年、大学で学生の教育に携わってきた者として、小手先の枝葉の議論ではない抜本的な改革が必要だと感じていますが、これに関しては稿を改めたいと思います。