その背景には、彼女が生きた時代に「母性」という概念が輸入され、彼女がそこに大きな影響を受けていたということもある。夫への遺書には「心の豊かな子に育てたい」「母が私を育ててくれたように」などと記されていた。

 そう言いつつも自分をのこして旅立った母に対し、82年後、娘はこんな思いを語っている。

「ずっと母に置いていかれた子だと思っていた。詩人だから死んだのだと思っていた。今となっては、母の愛情もわかってよかったと思う」

 竹内さんの遺児たちについても、そのショックが懸念されるが、母の愛情を感じながら生きていけることを祈りたい。

 さて、みすゞがそうだったように、母性というものは女性にとって命を懸けてもこだわりたい、あるいはこだわらなくてはならないものなのかもしれない。それは人生を輝かせると同時に、重圧にもなる。妊娠や出産、育児といったものと自殺が無縁ではないのはそういうことだろう。

 そもそも、自殺というもの自体、希死念慮などの病的心理が高じたものだとすれば、一種の病死である。わかりやすくいえば、自殺衝動は心の発作のようなものだ。そして、心臓の発作がさまざまな要因によって起きやすくなるように、心の発作にもそれを起こしやすくする要因がある。

 欠落感や不全感、豊かすぎる感受性、妊娠出産育児のストレスに母性の重圧。竹内さんの死も、そういうものが積み重なり、連動しあった結果だったと考えることもできる。

 もちろん、だからといって、彼女と彼女を知る人たちのつらさが軽減されるわけではない。自殺に限らず、すべての死にはそれぞれの事情があって、のこされた者にさまざまな気持ちを呼び起こす。なかでも彼女の場合は、女性、そして母親であるというところが大きな影響を及ぼしていて、そこが独特のつらさを感じさせるのである。

 文明が進んでも、人間という種をつなぐための役割の大半を女性が担わなくてはならない現実。いやむしろ、文明が進めば進むほど、女性がその役割とは別の新たな負担も求められたり、その負担を自ら求めるようになったりするという現実もある。そうした現代女性の宿命が、彼女の死にも深く関わっているように思われるのだ。

宝泉薫(ほうせん・かおる)/1964年生まれ。早稲田大学第一文学部除籍後、ミニコミ誌『よい子の歌謡曲』発行人を経て『週刊明星』『宝島30』『テレビブロス』などに執筆する。著書に『平成の死 追悼は生きる糧』『平成「一発屋」見聞録』『文春ムック あのアイドルがなぜヌードに』など

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宝泉薫

1964年生まれ。早稲田大学第一文学部除籍後、ミニコミ誌『よい子の歌謡曲』発行人を経て『週刊明星』『宝島30』『テレビブロス』などに執筆する。著書に『平成の死 追悼は生きる糧』『平成「一発屋」見聞録』『文春ムック あのアイドルがなぜヌードに』など

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