審判に“右フック”見舞った監督も… グラウンドで自制心を失ってしまった人々 (1/3) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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審判に“右フック”見舞った監督も… グラウンドで自制心を失ってしまった人々

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久保田龍雄dot.
阪神時代の下柳剛 (c)朝日新聞社

阪神時代の下柳剛 (c)朝日新聞社

 昨季、リリーフに失敗したDeNA・パットンが腹いせにベンチ内の冷蔵庫を素手で殴り、骨折してしまった事件が記憶に新しいが、今から30年以上前の1986年5月7日の近鉄vs西武(西武)でも、まったく同様の事件が起きていた。

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 近鉄の4番・デービスは、第1打席で三振に倒れたあと、0対1で迎えた4回の第2打席も先頭打者で中飛と2打席連続凡退と精彩を欠いた。

 ヘルメットをマウンド付近に投げつけて悔しさをあらわにしたデービスは、ベンチに戻ってくると、左端にあるアイスボックスを上からゲンコツで殴りはじめた。何度も殴打するうち、ガラスが砕けてしまい、デービスは、清涼飲料水の入った水の中に左手の指先を突っ込む形に。ガラスの破片で左腕の肘から手首にかけて約7センチを負傷し、出血したため、ベンチのナインも「大変だ!」と大慌て。所沢市内の病院に急行し、「左前腕内側切創」で12針も縫う羽目になった。

 だが、前記のパットンが残りシーズンを棒に振ってしまったのに対し、デービスは見た目ほどの重傷ではなく、5、6針程度で済むところを、傷口を広げないために大事を取ったというのが真相だった。

 左腕に包帯を巻いた姿で球場に戻ってきたデービスは「いろんなことでカッとなってしまった。今までカッときたことはあっても、ケガをしたのは初めてだ。それにしても、こういうやり方しかできないのは、自制心が足りなかったということだし、これからは自制心を持って、ケガをしないように気をつけるよ」と謙虚に反省の弁。

 負傷の影響もなく、翌8日の試合にも4番ファーストでスタメン出場したが、約1カ月後の6月13日、よりによって同じ西武戦で、またしても自制心を失い、死球を与えた東尾修への暴行で退場処分に。懲りない男としか言いようがない。

 常に沈着冷静でなければならない指揮官が、積もりに積もったジャッジへの不満を爆発させ、八つ当たりとも言うべき暴行事件を起こしたのが、94年9月29日の阪神vs横浜(横浜)だ。


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