天龍源一郎が語る“人生の宝物” ジャイアント馬場と相撲部屋の先輩・大文字関からもらった宝物とは…? (1/5) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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天龍源一郎が語る“人生の宝物” ジャイアント馬場と相撲部屋の先輩・大文字関からもらった宝物とは…?

連載「70歳からのはっけよい!」

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天龍源一郎dot.#プロレス#天龍源一郎#相撲
天龍源一郎(てんりゅう・げんいちろう)/1950年、福井県生まれ。「ミスター・プロレス」の異名をとる。63年、13歳で大相撲の二所ノ関部屋入門後、天龍の四股名で16場所在位。76年10月にプロレスに転向、全日本プロレスに入団。90年に新団体SWSに移籍、92年にはWARを旗揚げ。2010年に「天龍プロジェクト」を発足。2015年11月15日、両国国技館での引退試合をもってマット生活に幕を下ろす(撮影/写真部・掛祥葉子)

天龍源一郎(てんりゅう・げんいちろう)/1950年、福井県生まれ。「ミスター・プロレス」の異名をとる。63年、13歳で大相撲の二所ノ関部屋入門後、天龍の四股名で16場所在位。76年10月にプロレスに転向、全日本プロレスに入団。90年に新団体SWSに移籍、92年にはWARを旗揚げ。2010年に「天龍プロジェクト」を発足。2015年11月15日、両国国技館での引退試合をもってマット生活に幕を下ろす(撮影/写真部・掛祥葉子)

リモートワークといえば、5月30日15時からインスタライブを開催予定!(写真提供/天龍プロジェクト)

リモートワークといえば、5月30日15時からインスタライブを開催予定!(写真提供/天龍プロジェクト)

 50年に及ぶ格闘人生を終え、ようやく手にした「何もしない毎日」に喜んでいたのも束の間、突然患った大病を乗り越えてカムバックした天龍源一郎さん。2月2日に迎えた70歳という節目の年に、いま天龍さんが伝えたいことは?今回は“人生の宝物”をテーマに、飄々と明るく、つれづれに語ります。

【写真】リモートワークに励む天龍さんはこちら

* * *
 今回のテーマは“人生の宝物”か。まず初めに言っておくけど、俺は特に物に対してこだわりがあるわけじゃないんだ。もちろん、もらって嬉しかった物や大切にしている物もあるけど、それは物そのものよりも、それに関する思い出を大切にしているという意味合いが強い。プロレスで数々のトロフィーを獲得してきたけど、引っ越しのときに「これ、邪魔だったら処分しろ」って女房や娘に言うくらい、あんまり大切にしていないから(笑)。プロレスは次から次へと新しいチャレンジがあって戦うわけで、トロフィーが目的じゃなかったからね。トロフィーにまつわる思い出が大切なわけだ。

 ただ、物として大切にしているのがひとつあって、それは相撲を廃業するときに断髪式で切った髷(まげ)。これはいまでも箱に入れて大事にしている。相撲は辞めたくて辞めたわけじゃなくて、各界のしきたりや習慣、それにいろいろなことがあって辞めざるを得なくなった。そのとき、ものすごく悔しくてつらい思いをした。その悔しさを自分の中で忘れないように、人生でつまずいたり、悩んだり、壁にぶち当たったり、ときには闘争心を奮い立たせるときに髷を見て「あのときの悔しさに比べたら平気だ!」と思えるように大切に保管してあるんだよ。

 この髷を大切にしていることは女房も娘も分かってくれている。嶋田家は引っ越し好きで、これまで20回以上も引っ越しをしているけど、そのたびに髷だけは大事に扱って運んでくれるよ。そんな髷も、最近は見る回数が減ったね。生活や家庭が安定していて、ゆったりしている証拠だ。髷はまだびんつけ油の匂いが残っているし、髪の毛がまだ伸びているんだ。髪が伸びているってのはもちろんジョークだよ(笑)。


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