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「日本の野球なんて認めねぇ…」セーフティバントに“ブチ切れた”助っ人

久保田龍雄dot.
敗戦処理時のセーフティバントに怒りをあらわにした元オリックスのフレーザー(c)朝日新聞社

敗戦処理時のセーフティバントに怒りをあらわにした元オリックスのフレーザー(c)朝日新聞社

 大量リードでのセーフティバントにブチ切れた助っ人投手があわや相手ベンチに殴り込み(?)という騒動が起きたのが、98年7月5日の近鉄vsオリックス(神戸)だ。

 7回、吉岡雄二の左越えソロで12対3と大きくリードした近鉄は、なおも1死一塁で、大村直之がセーフティバントを試み、三塁前に転がした(記録は内野安打)。

 これにブチ切れたのが、敗戦処理のマウンドに上がっていたフレーザー。「あんな場面でバントするとは!米国では考えられん!これが日本の野球かもしれないが、オレは向こうで14年間やってきて、野球には(暗黙の)ルールがあることを知っている!」というのが理由だった。

 しかも、この日はデーゲームで、最高気温35.1度の猛暑に加え、大量リードでの敗戦処理登板に対する不満も手伝って、イライラが最高潮に達したようだ。

 三塁側の近鉄ベンチに向かって「フ××ク!」を連発したフレーザーは、武藤孝司に右前安打、ローズに四球と完全に冷静さを失い、2死後、中村紀洋に2球続けて暴投と大荒れ。さらに3球目は、中村の背中にドスンと当ててしまう。怒った中村がマウンドに詰め寄ろうとしたのを合図に、たちまち両軍ナインによる乱闘が勃発。興奮するフレーザーを背後から抱きとめようとした仰木彬監督が振り飛ばされるシーンも……。

 そして、騒ぎが収まり、ようやく試合が再開されようというときに、オリックスのコーチ、選手が血相を変え、近鉄ベンチへと走っていった。

「うわ、殴り込みか!?」と報道陣は色めきたったが、実は、フレーザーがトイレに行ったのを、ベンチ裏の通路を通って殴り込みにいったと早とちりし、大慌てしていたというしだい。仰木監督は「みんながイラつく展開になったということや」と冷静に分析していた。

 送りバントの際に二封を狙った送球が外野のフェンス際まで転がる大暴投になったのが、99年4月16日の日本ハムvs西武(西武ドーム)だ。


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