王位戦の後、記者から、支えてくれた家族への思いを問われると、こみ上げる思いを抑えられず涙した。
46歳3か月。木村一基“新”王位が初のタイトル獲得に要した時間だ。それまでの37歳6カ月だった初タイトル最年長記録を46年ぶりに塗り替える偉業だった。
「ストレート負けをしないようにということを考えました」
タイトル戦に臨んだ心境について、こう答えた。謙遜ではなく本音だろう。言葉の裏には過去の苦い経験がある。
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王位戦から数週間後、木村王位に改めてタイトル獲得後の涙について思いを聞いた。
「知っている記者の方だったんですけど、ファンの方への思いを質問されると思っていたら家族のことを聞かれまして。つい先日、娘から『3年前にタイトル戦で負けたときは、お母さん泣いていたんだよ』ということを聞いていました。王位獲得直後には知りませんでしたが、家族にもいろいろと苦労をかけていることは感じていたので、思わず泣いてしまいました」
しんみりとした空気が、部屋に漂う。すかさず、木村王位がこう話した。
「でも私が対局しているときに、私だけ置いて家族旅行をしていたことを思い出していたら泣かなかったと思います。あの場でそれを思い出せなかったのが、私の一生の不覚です(笑)」
照れ隠しにそう言って笑いを誘った。将棋を始めたのは幼稚園のころだ。近所に住む同い年の友だちに誘われて初めて駒に触れた。最初は動かし方もわからなかったが、すぐに夢中になった。
「母が本をみながら、ルールもうろ覚えの状態で相手をしてくれました。100局以上はやったと思います。でもすぐに母が付き合いきれなくなって。近くにある将棋教室に連れて行ってくれました」
大人たちに混ざって将棋を続けたが、対局しても0勝10敗は日常茶飯事だった。対局相手も、実力が拮抗していないと面白くない。次第に相手をしてくれる大人は減っていったが、それでも面倒見のいい人を見つけては、対局を繰り返した。