そして、守男さんは、綾乃さんが弱れば弱るほど、かいがいしくサポートをしてきました。しかし、もう余りに状況がひどいので、

病院か、カウンセリングにいこう」

と提案したら、綾乃さんが「それなら、カウンセリングに」と言ったので、おいでになったそうです。

 綾乃さんは、自分を責めていました。

「守男さんは反省して謝ってくれたのに」
「自分は許したはずなのに」

 私は、ストレートに聞いてみました。

「綾乃さん、怒っていますよね?」

 すると綾乃さんは「もう許したので怒っていません」とお答えになりました。

 私には、「もう許したので」がちょっと引っ掛かりました。怒っていないなら、「いいえ、怒っていません」とだけおっしゃればいいところですが、わざわざ理由を付け加えています。

「さっきも、許した『はず』とおっしゃいましたよね」

 綾乃さんは抑えていた気持ちが込み上げてきたようです。一人語りを始めました。

「怖いんです。いつか捨てられてしまうんじゃないかって……。思えば結婚してずっとそんな気持ちが心の底にあったように思います。自分には過ぎた人だと思っているので……多少のことは我慢しないと、と。それに、不倫されて苦しんでいる人もたくさんいる中で、彼は不倫したわけでもなくて、世間的に見ればたいしたことないことだって、わかってはいるんです。彼だって男なんで一度や二度の浮気ぐらいは我慢しないと」

 守男さんは、黙って聞いています。

 私は、綾乃さんに、「私は怒っています。あなたを許しません」と守男さんに言ってください、と促しました。綾乃さんは最初躊躇していましたが、意を決して言いました。

「私はあなたが他の女性に気を許したのを本当は怒っています。あなたを許せません」

 綾乃さんは守男さんに言いました。私は、「許せません」ではなく「許しません」と言ってください、と再度促しました。

 綾乃さんは長らく躊躇し、再度心を決めると言いました。

「私はあなたを許しません」

 守男さんに、どう感じるか聞きました。

「不謹慎かもしれませんが、嬉しいです」

 守男さんはこう続けました。

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「ごめんね」と握手が意味を持つとき