「綾乃は、いわゆるよくできた妻で、共働きなのに家事のほとんどをこなしてくれて、よく気が付くし、美人だと思いますし、怒ったことも記憶にないですし、もちろん妻のことを愛しています……。なので、なんで他の女性に気が向いてしまったのか自分でもわからなくて、自分の本性はこうなのかと思ったら怖くなって……。でも、わかった気がします。妻の態度になんか不満というか、ちゃんと関わってくれていない感じがあったように思います。だから、バレてほっとしたし、本気で怒って欲しかったんだと思います。いま妻が『許さない』と言ったのを聞いて、これが欲しかったんだ……と気が付きました。もちろん、許されてないのだから、どうしたらいいかという問題はありますけど」

 それを聞いて綾乃さんに、どう感じるか聞きました。

「なんか……独り相撲だったんだな、って思いました。見捨てられるんじゃないかという不安が少し減った気がします。今まで付き合った男の人はいつも最終的に向こうから離れて行ってしまったので、もう絶対見捨てられないようにしよう、ってどっか思って頑張っていました」

と言います。

 私は、「私が怒ったら、あなたは私を見捨てる?」って彼に聞いてください、と促しました。綾乃さんは、今度はその通り聞きました。

「私が怒ったら、守男さんは私を見捨てる?」

 守男さんは、

「見捨てないよ。怒っていることがあるなら、怒ってくれた方がいい。怒れなくて辛かったね……。ごめんね」

と答えました。

 綾乃さんは、「握手」と言って手を差して守男さんと笑顔で握手し、その後ハグしました。そのセッションで、綾乃さんはもう大丈夫だと思いますと言って帰って行かれました。

「ごめんね」や握手の意味は、ここまで丁寧に話してやっと現れるものなのです。

 前述のニュースの例でも、安易な解決法で「いじめが続いた」とインタビューされた人が言っていました。そもそも、いじめは双方が話し合って和解する、というような単純な問題ではないことがほとんどで、受けたダメージの大きさを考えると、仮にいじめている側が真摯に反省して謝罪したとしても、すぐに「いいよ」と言えるようなことではないはずです。それを、謝罪したから、双方言い分を言い合ったから、あとは許しあるのみ、というのは許しの強要ともいえるあまりに乱暴なやり方です。

 人は自分が関係しているところに未解決な問題があるというのがすごく気持ち悪く感じるものです。なので、目には見えない、つまりは無視しやすい「気持ち」を置き去りにして、サクサクとプロセスを進めたくなってしまいがちです。母親や先生など、目の前の人の指示(表情)に従ってそうしてしまうかもしれません。

 しかし、一足飛びに解決しようとするとうまくいかないケースもあるのです。(文/西澤寿樹)

※事例は、事実をもとに再構成してあります

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西澤寿樹

西澤寿樹

西澤寿樹(にしざわ・としき)/1964年、長野県生まれ。臨床心理士、カウンセラー。女性と夫婦のためのカウンセリングルーム「@はあと・くりにっく」(東京・渋谷)で多くのカップルから相談を受ける。経営者、医療関係者、アーティスト等のクライアントを多く抱える。 慶應義塾大学経営管理研究科修士課程修了、青山学院大学大学院文学研究科心理学専攻博士後期課程単位取得退学。戦略コンサルティング会社、証券会社勤務を経て現職

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