自らの被害体験をつづった『ストーカーとの七〇〇日戦争』(文藝春秋)が話題となっている内澤旬子さん。乳癌に罹患した経験をまとめた『身体のいいなり』(朝日文庫)で講談社エッセイ賞を受賞するなど、身辺雑記の上手さは折り紙つきだ。その内澤さんが、地方移住の体験をつづった『漂うままに島に着き』の文庫判が7月5日に発売となった。その冒頭部分を紹介する。

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 ムリかも、東京。

 やっぱり東京を出よう。2012年に文京区内で引っ越してから一年も経たないうちに、音を上げた。まるでもって、つまらん。こんなつまらん生活のために、高額家賃を払いながら年老いていくなんて、バカバカしすぎる!!
 
 乳癌が見つかってから9年経った。
 
 すべての狂騒は、2005年に左胸にごりっと障るしこりを見つけた時から始まり、揺らされ、小突かれ、巡り巡って2014年8月現在、小豆島の古家でひとり海を見ながらスカスカ風に吹かれているのであった。水の近くで暮らしたいとは願っていたが、まさか関東圏を出て、しかも単身で島に住むことになるとは、9年前には想像すらしていなかった。

 癌体験の経緯は『身体のいいなり』として書き、その後なにもかもを捨てたくなって、身の回りに後生大事に溜め込んだものを捨てていく詳しい経緯を、『捨てる女』に書いた。この本では、その後東京を出て小豆島に移り住むことを書き継いでいきたい。
 
 すっからかんの、何もない、静かな部屋で暮らしたい。癌を抑えるためのホルモン療法中に起きた副作用をきっかけとして、狭い場所や騒音が苦手となり、自分の居住空間のゆとり部分を広げるべく、蔵書を半分以上処分し、仕事で描いてきたイラスト原画や収集してきた古書も手放した。別居を経て離婚して配偶者に去っていただき、その他生活夾雑物をどんどん捨てまくって仕事部屋と住居を兼ねた新しい部屋に移ったのが2012年5月のこと。

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「やっぱり狭苦しい」