さて、Aさんのご相談にあったもう一つのキーワードとして脳の萎縮がありました。脳の萎縮を進めてしまう要因として、脳血管性の病気や過度な飲酒、喫煙などの影響が報告されている一方で、単純に年をとることでも萎縮が認められることがあります。萎縮が顕著に進むと脳の機能が失われるということは確かですが、軽微な萎縮がすぐに認知症を引き起こすというわけではなく、ある程度の萎縮があっても明らかな問題なく生活されている人もいらっしゃいます。よって、Aさんが心配されているように「脳に萎縮がある」ということは、必ずしも「認知症である」ということにはなりません。

 実際に認知症かを評価するためには、まず直接診察して詳しい状況をお聞きして認知機能検査を行います。これらに加え、状況に応じて脳の画像検査や血液検査を行い、水頭症や甲状腺機能低下症など認知機能障害をきたしうるほかの病気がないかを調べます。画像検査は、萎縮や血液の流れの特徴を調べることで、認知症の種類や進行の程度を評価するうえで有用な情報にもなります。このほかにも、認知症の種類によって特殊な検査もありますが、話がそれてしまうのでまた改めて別の機会に取り上げたいと思います。

 最近では、認知症が大きな注目を集めるようになり、認知症かどうかを見分ける方法など、さまざまな情報が得られるようになりました。確かに、認知症でみられる症状には特徴があり、それらは診断するうえでも大変重要な情報になることもあります(例えば、「買い物に行ったとき、その日に何を買ったのか忘れてしまった」というようなもの忘れは普通にも起こり得ますが、認知症では買い物に行ったこと自体を丸ごと忘れてしまうようなもの忘れが特徴的と言われています。“エピソード記憶”と呼ばれるものの障害です)。

 しかしながら、先述のとおり認知症の初期段階で気づかれる症状はもの忘れだけでなく多岐にわたります。認知症となる原因も一様ではなく判断が困難な場合もありますので、何か気になることがございましたら一度医師にご相談してみてください。必ずしもわれわれ精神科医である必要はなく、普段から診てもらっている医師にご相談してみることもよいかと思います。かかりつけの医師がご専門でなくても、必要に応じて適切に評価治療できる医師を紹介してくださることと思います。

 認知症への対応で必要となるのは、お薬による治療だけではありません。特に治療を始める段階にあたっては、まず認知症と診断されたことへの本人・ご家族の戸惑いや不安への対応が重要だと考えています。早期に発見することで、病気への理解を深めるなど、利用できる介護サービス・支援制度について情報収集する余裕を確保できる可能性もあります。

著者プロフィールを見る
大石賢吾

大石賢吾

大石賢吾(おおいし・けんご)/1982年生まれ。長崎県出身。医師・医学博士。カリフォルニア大学分子生物学卒業・千葉大学医学部卒業を経て、現在千葉大学精神神経科特任助教・同大学病院産業医。学会の委員会等で活躍する一方、地域のクリニックでも診療に従事。患者が抱える問題によって家族も困っているケースを多く経験。とくに注目度の高い「認知症」「発達障害」を中心に、相談に答える形でコラムを執筆中。趣味はラグビー。Twitterは@OishiKengo

大石賢吾の記事一覧はこちら