そういえばモンゴル料理の店も、日本語が通じたのは主人らしき女性ひとりだった気がする。

「でも、本当の理由は違う。日本人客は儲からないんです。中国人客の大半は留学生。彼らは中国の富裕層の子供です。金があるんです。日本人客より高い料理を頼んでくれる」

 同じような話を、以前、アメリカのロサンゼルス南郊のトーランスで聞いたことがあった。30年ほど前だ。日本はバブル景気のただなかだった。話してくれたのは、不動産会社を経営する日本人だった。この会社は日本料理店のコンサルタントも請け負っていた。

「看板に英語を入れるなって指導しますね。ロサンゼルスは、日本からの留学生が多いでしょ。彼らの親はバブルで当てたタイプが多いから、とにかく仕送り額が多い。ひと晩で100ドルぐらい平気で使う。それに比べるとアメリカ人は金がない。日本人限定にしたほうが儲かるんです」

 その構図で動いているのが、いまの高田馬場?

 中国の受験競争は激しい。高考と呼ばれる大学入試は一発勝負。そこには中国の格差社会が影を落とす。有名大学に合格できなかった富裕層の子供たちが日本の大学をめざすのだという。高田馬場や大久保には、日本の大学や大学院を狙う留学生向けの予備校がいくつもある。通う学生は1200人を超えているという。そんな街になりつつある。

 そういえば高田馬場駅に「后程塾」という看板が掲げられたのはいつ頃だろうか。調べると、中国人向け予備校だった。

 時代はこうしてめぐっていくということか。

著者プロフィールを見る
下川裕治

下川裕治

下川裕治(しもかわ・ゆうじ)/1954年生まれ。アジアや沖縄を中心に著書多数。ネット配信の連載は「クリックディープ旅」(隔週)、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週)、「東南アジア全鉄道走破の旅」(隔週)、「タビノート」(毎月)など

下川裕治の記事一覧はこちら